日本地理学会発表要旨集
2007年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 311
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縁辺地域集落へのライフスタイル移動
*春原 麻子
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抄録


問題設定
 向都離村現象の発端から半世紀、縁辺地域集落において過疎問題が深刻化する一方で、近年「田舎暮らし」への関心が高まっている。縁辺地域における「生活の質」を積極的に評価する動きは、過疎問題の緩和に資するだろうか。厳しい過疎に直面する縁辺地域集落でありながら、継続的に移住を惹きつけている和歌山県那智勝浦町色川地区における調査に基づき考察する。
調査地区の移住者の特徴
 当地区への移住者は2006年12月現在で58世帯149人にのぼり、地区住民の3割を占める。30代~40代前半に子連れで移住し、古民家を土地ごと購入した世帯が多い。就業機会は限られているため、不安定な収入源の組み合わせにより生計のつじつまを合わせ、効率化の難しい棚田で手作業・有機栽培による自給的な農業を営むのが典型的である。
調査地区における移住蓄積過程
 1977年、過疎が顕在化し始めた当地区に、対抗文化や全共闘に影響を受けた若い世帯が、有機農業を志して入植した。1980年代を通じ、近代社会に疑問を抱く若い単身者や、食の安全性に関心を持つ子連れ世帯が、当地区で農業研修を受けた。その一部が、研修中に地元住民との信頼関係を築き、住居や土地の紹介を受けて定住に至った。
 1990年代には公的な定住促進施策が進み、リタイア層や有機農業に関心を示さない層も現れるなど移住者が増加・多様化した。しかし依然として、移住希望者が農業研修を受けるなかで住民と信頼関係を築き、物件が浮かび上がるのを待つという受入体制であり、古民家持家・自給的農業といった移住者の特徴は引き継がれた。
 一方2002年以降、緊急雇用対策の一環として県の方針で進められた「緑の雇用事業」による移住者は、当地区独自の文脈からは外れている。合同説明会で森林組合に採用された都市の失業者が、年度始めに町営住宅に入居し、フルタイムで林業に従事するもので、彼らの多くは農業には関心を示さず、地区の行事に参加せず、雇用年限が過ぎれば地区を去る。これまでの移住者像とは根本的に異なるため、当地区では違和感をもって受け止められている。
「個人の文脈」の位置付け
 縁辺地域集落への移住の端緒を拓いたのは全共闘世代だが、その後の移住者はそれより若く、現在50代前半にあたる1950年代前半頃出生のコーホートに集中している。幼少期を高度成長期の大都市圏で過ごし、急速な開発を目の当たりにした彼らは、学生運動挫折後の大学に入学し、安定成長のなか就職し、食の安全性への関心が高まるなか子育てをし、若手のうちにバブル経済を、働き盛りの時期にその崩壊を体験した。不況のなか「田舎暮らし」がブームになり、定住促進施策が盛んになった頃、彼らはまだ十分に若かった。ライフコースと時代背景とがあいまって、彼らは人生のそれぞれの段階で移住という選択肢をとりやすかった。
 一方ベビーブーム以前の世代は、「田舎暮らし」ブーム時には社会的地位を築いていた。時代とライフコースとが合わず、人生の途中での移住という選択をとりづらかった彼らが「田舎暮らし」を実行するには、子の独立や定年退職を待つ必要があった。近年、団塊世代の定年後の「田舎暮らし」が関心を集めているが、その背景には単に彼らのボリュームが大きいことばかりでなく、より若い世代と異なり定年後まで「田舎暮らし」を待たねばならなかった事情がある。
「地域の文脈」の位置付け
 縁辺地域集落では、一見して空いている家や土地も、貸借や売買が起こりにくいとされる。しかし当地区の場合は、あまりに条件不利地であるため、比較的物件が動いている。地元住民の後継ぎが帰ってくる見込みはなく、居住の継続が困難となった高齢者は、先祖代々の墓もろとも子の元へ転出する。その際、経費捻出のためにも家や土地を手離すのである。採算性ある農業が成立しえない土地だからこそ、農地取得も比較的容易である。
  就業機会が限られているとはいえ、配偶者も含めて雑多な収入機会を組み合わせれば、生計を成り立たせることは可能である。機械化の不可能な細かい棚田で手作業による自給的農業を営むのも、一見非効率であるが、家計支出を抑える戦略といえる。職業にアイデンティティを求めず、農作業に価値を見出すならば、自給的農業に時間を割き、片手間で現金を少々稼いで生計を立てるという選択にも一定の合理的がある。
 今後こうしたライフスタイルに価値を見出す人が増えれば、なまじ条件のよい平地や都市近郊の農村よりも、むしろこれまで条件不利とされてきた縁辺地域が移住者を惹きつける可能性も考えられる。

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