日本地理学会発表要旨集
2007年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: P819
会議情報

ネパール・ヒマラヤ,チュクン氷河にみられる年次モレーン
*朝日 克彦小松 哲也
著者情報
会議録・要旨集 フリー

詳細
抄録


1.年次モレーン
 演者らは近年の氷河変動を明らかにする目的でネパール東部,クーンブ・ヒマールを中心に氷河末端位置の観測を行っている.この際,チュクン氷河において連続性の良い"annual moraine(以下,年次モレーン)"様の小規模なモレーンリッジの発達を発見した.そこで本研究では,モレーンリッジの分布を測量により図化するとともに,この地形が年次モレーンであるか検討する.
 年次モレーンはアイスランドやスカンジナビアで発達が知られており,凍結した氷河底ティルが冬季の氷河前進の際に底面氷に貼り付いた状態で衝上して,氷河前縁に小規模なリッジを毎年形成すると考えられている(例えばKrüger,1995).ヒマラヤ山脈においては,ネパール・ヒマラヤ中部のランタン谷のヤラ氷河において年次モレーンの存在が報告されている(Ono,1985)のみであり,特異な地形である.

2.研究対象と調査方法
 チュクン氷河は岩屑被覆域をほとんど持たないいわゆるC型の氷河で,面積は2.57km2,集水域の最高地点高度は6230m,末端高度は5100mである.涵養域は比高600mの急峻な雪壁に,消耗域は緩やかな傾斜になっており,氷河の規模や形態ともにヤラ氷河に酷似している.過去15年間で氷河末端位置は平均73.6m後退している.
 モレーンリッジは比高2m程度の岩屑から成る高まりであり,現氷河末端から小氷期に形成されたモレーンとの間約1kmの範囲に同心円状に列を成している.このリッジの分布をGPSで測量した.測量はTOPCON社製GP-SX1を用いてキネマティック測位によって行い,観測域の中心に基地局を設置した.移動局は観測者がアンテナを背負ってリッジ上を移動して計測した.観測中に歩測によるルートマップの作成も行い,図化の際の参考とした.2006年8~9月,3週間滞在して観測を行った.

3.結果
 リッジはチュクン氷河の左岸において現氷河末端直下から下流方向へ連続し,その数は100列近くに及ぶ.右岸については融氷河水流により水掃された可能性が高い.リッジの表面被覆は,現氷河末端直下ではマトリクスをフリーの新鮮な角礫のみから成るが,徐々に遷移して小氷期モレーン直下では草本に覆われるほか,礫の酸化,風化も進んでいる.またリッジ同士の間隔は,氷河付近ではおおよそ10mあるが下流では徐々に狭まり2m程度になる.
 実測にもとづく1989年,2004年の氷河末端とほぼ同じ位置にリッジが存在し,現氷河末端までのリッジの数と2006年までの経年数とは調和的である.これらのことから,チュクン氷河に分布する小規模リッジの連続は年次モレーンであると考えるのが妥当である.
 観測期間中,氷河末端において氷河表面からの落石が頻発し,これが氷河末端の縁に堆積して高まりを形成している様子を目撃した.これらのリッジを形成する礫のファブリックを計測すると,a軸の卓越方向は斜面の最大傾斜線に平行し,傾きは傾斜角に沿う.夏季に氷河の消耗域での融解により取り込まれていた岩屑が解放され,氷河表面を滑動して氷河末端直下に落下し,年次モレーンが形成されるものと考えられる.少なくとも北欧で知られるような,冬季の氷河末端の衝上運動に伴うプロセスとは成因が異なるであろう.

著者関連情報
© 2007 公益社団法人 日本地理学会
前の記事 次の記事
feedback
Top