日本地理学会発表要旨集
2007年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: P820
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南アルプス南部・荒川岳周辺における岩石氷河と永久凍土環境
*青山 雅史天井澤 暁裕小山 拓志佐々木 明彦長谷川 裕彦増沢 武弘
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抄録


1.はじめに
 岩石氷河は山岳永久凍土の存在を示す指標地形であるため,山岳地域の永久凍土環境及びその変遷を明らかにするうえで重要な地形となっている.赤石山脈においては、北部の間ノ岳周辺や仙丈ケ岳などでは岩石氷河に関する研究がおこなわれているが,南部では、岩石氷河の存在が指摘されているものの、岩石氷河に関する現地調査に基づいた研究は皆無である.本発表では,赤石山脈南部の荒川岳周辺に分布する岩石氷河の形態的特徴と,荒川岳周辺における永久凍土環境の変遷に関して報告をおこなう.

2.調査地域
 調査地である荒川岳は赤石山脈の南部に位置し、悪沢岳(3,141 m)、中岳(3,083 m)、前岳(3,068 m)などの3,000 m以上の山頂高度を持つ三つのピークからなっている。荒川岳周辺にはカールやモレーンなど、過去の寒冷期に存在していた氷河によって形成された氷河地形が多数分布している。この山域には砂岩・頁岩などの四万十帯の堆積岩類が広く分布しているが、悪沢岳山頂付近にはチャート・火山岩類が露出している。

3.結果および考察
 蛇抜沢源頭部にある悪沢岳北東面のカール内には、カール壁直下の崖錐斜面基部に沿うように岩塊地形が存在している。岩塊地形表層部は,細粒物質を欠いた岩塊層となっている.悪沢岳北東カール内の岩塊地形は、平面形の特徴に基づいて、以下の4つ(WR1~WR4)に分けることができる。(WR1)カール東側の北西向き崖錐斜面の基部に存在し、耳たぶ(ロウブ)状の平面形を呈する。その末端部には多くの部分を植生に覆われた連続性の良いリッジを持つ。地表面は粘板岩または千枚岩の岩塊からなり、偏平な形の岩塊が多い。(WR2)カールの北西から北向き崖錐斜面の基部に存在し、舌状の平面形を呈する。その末端部には、同心円状の丸みを帯びた比高2、3 m程度の複数のリッジが斜面最大傾斜方向に直交する方向に密集して存在している。周縁部は、ほぼ植生に覆われ、切れ目のない丸みを帯びた明瞭なリッジが存在し、その末端部付近の内側(斜面上方)には、閉塞凹地が存在している。前縁斜面は比高19.5 m、傾斜角は34°であり、ほぼ全面的に植生に覆われている。構成礫は粗大な緑色凝灰岩が多く、長径5 m前後の粗大な礫が多く見られる部分もある。(WR3)カール西側の北東向き崖錐斜面基部にあり、ロウブ状の平面形を呈する。末端部にほぼ全面的に植生に覆われた連続性の良いリッジを持つ。表面礫は赤色凝灰岩や赤色チャートが多く見られ、礫の長径は最大4 m程度、平均礫径は30~100 cmである。(WR4)カール西側の北東向き崖錐斜面基部にあり、舌状の平面形を呈する。周縁部には連続性の良い丸みを帯びたリッジが存在し、その内側(斜面上方)には閉塞凹地が存在する。
 それらの岩塊地形には、多くのモレーンに見られる融氷河流の侵食の痕跡は認められず、上記のWR2に見られる同心円状の複数のリッジは、多くの岩石氷河頂面に見られる「畝・溝構造」の形態的特徴と一致している。また、岩石氷河内部の氷が融解すると、含氷率の高い岩石氷河中央部付近は陥没し、周縁部が連続性の良い高まり状の地形として崖錐基部に残存することが知られており,前縁斜面の傾斜は35°以下となることが多い.WR1~WR4は、そのような化石岩石氷河の形態的特徴と合致している。以上のようなことから、悪沢岳北東カール内部に見られるWR1~WR4の岩塊地形は,既に内部の氷が融解した化石岩石氷河と考えられる。
 前岳南東面のカール内部にも化石岩石氷河と判断される岩塊地形が存在する.この岩石氷河は,その表面礫の風化皮膜厚の測定結果から,晩氷期に形成されたものと推定され,最終氷期極相期に形成されたと推定されるモレーンがその岩石氷河と接するよう下流側に存在している(長谷川ほか 印刷中).このことから,荒川岳周辺では,圏谷氷河が形成されていた最終氷期極相期以降氷河の縮小が進行し,晩氷期には岩石氷河の形成・流動が生じるような永久凍土環境下となり,晩氷期以後の気温上昇に伴って永久凍土は融解したものと考えられる.

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