日本学術会議が1988年に国立地図学博物館の設立勧告を行ったことを受けて、1992年日本地理学会に国立地図学博物館設立推進委員会が設置され、以来、博物館設立に向けた推進活動が続けられ、7期を迎えるに至った。その間、東京大学に空間情報科学研究センタ-の発足などの成果が得られたが、博物館の設立は実現していない。この期間は、ITの発展の著しい時代であり、社会全般がドラスティックに変化した時代でもあった。そのため博物館に関する当初の構想と、時代が必要とする博物館の形態や運営との、適合性について検討が必要になっている。委員会設置後15年を経たいま、過去を振り返り、現状を見つめ、将来を考える一助としたい。
I 国立地図学博物館設立推進委員会の活動
当初の委員会は、委員数20名で、西川委員長が主となって、関係方面に陳情活動を行い、委員会はその経過報告と対応検討の場であった。また並行して、地図の情報化に関連した研究も始められた。しかし、経済情勢の急激な変化によって状況は一変し、運動の長期化は避けられない事態になった。実現の見通しが立たないことで、委員会活動を休止すれば、推進運動そのものが消滅、俗に言う安楽死、になりかねない。2期勤めた西川委員長が交代し、委員会の力点をシンポジウムや研究集会や見学会等の普及活動に換え、情勢の変化を待つことにした。シンポジウムなどは、その後2度の委員長交代(千歳、細井、中山)を経て、計14回行われている。一方、地図の情報化研究の進展を背景に、本委員会だけでなく日本地理学会あげて、陳情活動を行い、東京大学に空間情報科学研究センタ-が開設された。これを含めて、地図のディジタル化が推進され、本委員会の活動にも反映されている。
II 経済情勢の悪化と技術革新の進展
推進活動を取巻く環境の変化の第一は、経済社会の
変化である。バブルが崩壊し、一転して低成長経済に
変わり、異常な財政悪化に陥り、その打開策として、
官から民へが、政策の主流に推移した。
第二の変化として、バブル以前から兆しは見られ
ていたが、バブルの崩壊を経て、伝統、文化遺産保存の地方分権的な活動に光が当てられ始めたことが、挙げられる。
第三の変化が、科学技術の進展、この場合特に、I
Tの高度発達と利用の拡大である。画像送信技術の高度化、デ-タベ-スやネットワ-ク技術の向上・普及など、息つく暇もないような進歩である。
III 地図保存の現状
地図学博物館設立に最も関係の深い、地図保存の状
況にも、変化が及んでいる。まず古地図であるが、各
地の博物館・図書館やいくつかの大学の保存研究体制
が徐々に充実中である。またディジタル化も着手され、
ネットワ-ク化が進行中である。
一方、新たに作成された地図については、目立つ動
きが見られない。毎年、国土地理院関係は別として、地方自治体や地図業者、或いは出版社によって膨大な数の地図が作成されているが、保存が十分とはいえない状態である。作成された地図が全て、保存に値する地図というわけではないが、一部の地方自治体や民間業者以外、保存に力をいれていないようである。
IV 今後の方向
このような、ディジタル化、分権化の状況と、特別
な好景気の見込まれない今後における、本委員会や地
理学会の活動の方向について、考えてみることにする。
古地図に関しては、第一に保存に一層努めるとと
もに、普及活動に努力することである。更に、ネットワ-ク化の推進を図るよう、現在行われているような学術的研究を増強することである。ディジタル・ネットワ-ク博物館創設への道とも考えられる。
現代地図については、保存の意義、方法、推進戦略等の研究を行うことが必要であり、可及的速やかに、活動の方向付けを図らなければならない。現代地図の保存は、解決のいとぐちが見えていない、今後の中心的検討課題である。