抄録
1.はじめに
報告者らは,これまで「持続可能な住みよい都市」のあり方としてのLivable Cityに注目し,その評価が高いバンクーバーとメルボルンの都市圏整備政策の特徴や郊外市街地の現状などについて報告してきた(Yamashita et al., 2006など)。他方で私たちは,これらの都市がイギリスを旧宗主国とするいわゆる新大陸に位置することから,ヨーロッパ大陸などの長い歴史の中で形成されてきた都市でのリバブル・シティの取り組みがどのような特徴をもつのか,ということに関心をもった。
本報告で取り上げるノリッジ市は,EUが支援する「Liveable City Project」の中心的役割を果たしながら,自市のリバブル・シティにむけての取り組みを推進し,活力ある中心市街地の再生とそれを中心とした交通システムの形成に成功している。本報告では,リバブル・シティ・プロジェクトの概要およびノリッジ市におけるリバブル・シティにむけた取り組みとその現状について報告することを目的としている。
2.EU支援の“リバブル・シティ・プロジェクト”
リバブル・シティ・プロジェクトは,EU域内の均衡ある発展を目的とした北海プロジェクトのひとつに位置づけられ,ノリッジ市に事務局をもち,北海に隣接するリンカーン市(英国),トロンヘイム市(ノルウェー),オーゼンセ市(デンマーク),ヘント市(ベルギー),エムデン市(ドイツ)をパートナーとしている。リバブル・シティ・プロジェクトは,2004~07年の4年間で1千万ユーロの事業規模をもち,そのうち50%をEUのヨーロッパ地域開発基金から支援を受けている。このプロジェクトの目的は,ヨーロッパの歴史的な都市の中心部をその歴史遺産の保全と,住民の生活や就業,都市中心部としてのレジャー・各種サービス機能,あるいはアクセスのよい都市環境などとのバランスをとりながら,公共空間として改善することにある。とりわけその特徴は,人々の生活や活動の拠点となる多くの建物を取り囲む道路を現在の単なる交通のためだけの空間としてではなく,路上でさまざまな交流や活動が行われたかつての公共の空間としての機能を取り戻すことをめざしている。そのための手法としては,より広いスペースを作り出すことによって,単に交通の用途に限らない,人々が憩える場所を作り出すことに主眼がおかれている。
3.ノリッジ市の概要
ノリッジ市は人口12.2万人(2001年センサス),ロンドン北東郊のノーフォーク州(人口79.7万人)の州都である。ノーフォーク州は英国全体の中でも比較的高齢化の進展した州のひとつであるが,ノリッジ市は20歳台の人口が最も多く,特徴的な人口構成を有している。ノリッジ市は,現在ではイングランド地方東部では最大の都市であるが,かつては数世紀にわたってイングランド第2の都市であった歴史都市でもある。ノリッジ市の中心部には,古くからの城と大聖堂,それらを取り巻く多くの教会が立地する一方,ショッピングセンターをふくむ商店街やマーケットなどが比較的広範囲に展開し,ノリッジ市内外からの集客で賑わいを創出している。また,ノリッジ市は,1967年に英国で最初の歩行者専用道路を導入したことでも知られている。
4.ノリッジ市のリバブル・シティへの取り組み
ノリッジ市の中心市街地では1980~90年代にかけて,1)自動車通行量の増加による交通事故の増加,2)工場跡地や古い立体駐車場の荒廃,3)老朽化したマーケットなどの問題が顕在化していた。1)については,中心市街地内の事故防止のための道路整備と駐車料金を政策的に高く設定する一方,利便性の高いパーク・アンド・ライドを整備した。その結果,自動車の流入が減り交通事故も減ったが,街への訪問者は増えた。2)に対して,再開発事業により2005年にオーストラリア資本のショッピングセンターが開発され,魅力的な空間として再生された。3)についてもマーケットや市役所周辺の整備と道路の歩行者専用化を進め,多くの人々が回遊する空間となった。このほか,歴史都市としての特性を街の魅力として活かした多くの取り組みを行っている。
こうした取り組みの成果として,平日でも買い物や観光に多くの人が訪れる活力ある中心市街地が再生され,2006年には英国で最も買い物満足度の高い都市として評価されるようになった。
*本研究をおこなうにあたり,平成18~20年度科学研究費補助金(基盤研究(C))「我が国におけるリバブル・シティ形成のための市街地再整備に関する地理学的研究」(研究代表者 山下博樹)の一部を使用した。
文献
Yamashita H., Fujii T., Itoh S.. The development of diverse suburban activity centres in Melbourne, Australia. Applied GIS 2006; 2(2): 9.1–9.26. DOI:10.2104/ag060009