日本地理学会発表要旨集
2007年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 514
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近年における「日本的なるもの」の消費とモダンデザインとしての地方工芸
*濱田 琢司
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抄録

1 はじめに
 1990年代後半以降,日本の伝統的な地方工芸に関して,その嗜好品としての消費のされ方に新しい傾向がみられるようになってきている。この数十年の間,それらは主にデパートの食器売り場や民芸店,古美術店などにおいて販売され,いわゆる伝統的な器として認知・消費されてきた。それが近年になって,モダンクラフトとの類似性が見出され,ファッショナブルなものとして消費される場面が見られるようになってきたのである。それは,日本の地方諸工芸が,欧米のモダンデザインにも通じる要素を持っているという形での,「日本的なるもの」や日本的な「伝統」の新たな消費のされ方であるとも言える。本発表は第一に,日本の伝統的な地方諸工芸,とくに陶磁器を事例として,近年の「日本的なるもの」の新たな消費の傾向を紹介することを目的としている。
 もちろんこうした動きは,日本における工芸生産品消費のごくごく一部にしかすぎない。数値的な部分においてはとりわけそうであろう。しかしながら一方において,一部の小規模産地や生産者には,ある程度の影響を与えていることも事実である。そこで,こうした消費の動向の産地への還流の動きについて紹介・考察することを発表の第二の目的としたい。

2 文化仲介者と消費が作り出す生産
 ところで,そうした消費傾向がある程度の一般性を獲得する際,あるいはその指向性が産地や生産者へと還流する際,そこで重要な役割を果たすのは,販売店のディーラーであったり,雑誌メディアやその編集者であったり,時に研究者であったりする。こうした人びとを,マイク・フェザーストンに倣って「文化仲介者」として位置づけることもできるであろう。フェザーストンによれば,「文化仲介者」とは,「アーティストや知識人」によって共有されてきた「審美的な好みや感性」をより広く一般へと伝達する際に重要な役割を担う人びとであるとされる(フェザーストン,1999,p.115)が,近年では地理学においてもその役割が注目されることもある(Goss, 2004参照)。本発表においても,ここで扱うような地方工芸の消費のあり方を,様々な形で普及・一般化させていくような文化仲介者に注目し,それらと生産の現場との関わりについても考察を試みる。

3 ビームス・フェニカと新たな伝統工芸消費の傾向
 2003年,日本の代表的なセレクトショップの一つ「ビームス」に「フェニカ」というブランド(レーベル)が作られた。これは,それまでファッションの分野を中心としてきたビームスが,日用生活のための工芸品などを提供することを掲げて誕生したものだった。そこでは,「鳥取の木工小家具」「益子の陶器」「琉球ガラス」などの「伝統的な手仕事」が扱われることになった。また,2000年以降,『カーサ・ブルータス』や『リビング・デザイン』といった一般(男性)情報誌・ファッション誌が,しばしば日本の工芸品を取り上げる特集を組んでおり,それは一種の流行現象となっている。  こうした傾向の端緒は,1990年代半ばの日本において欧米のモダンデザインが再評価され,それに伴ってインテリアの一部としての雑器類が注目されたことにあろう。その中で,日本の伝統的工芸および陶磁器の生産者・生産地の一部が,例えば北欧工芸との類似性を指摘されたりしつつ,クローズアップされてきた。先述の通りそれは,産地全体の影響や日本における種々の文化消費の大きな傾向を作り出すような動きではないが,一定の注目を得るものでもあると思われる。

4 産地・生産者への還流
 消費の現場におけるこうした流行や志向は,生産者や産地に直接・間接に,部分的ながらも影響を与えつつある。そして種々の経路によって生産者がこうした流行を把握するなかで,例えば,栃木県の陶業地・益子においては,ある生産者のグループが,益子で旧来より使われてきた「柿釉」という釉薬を用いた製品を,「MODERN RED」としてブランド化する試みが見られる。他にも,旧来の形態を残しつつ,モダンデザイン的な要素などを加味した製品の生産が,島根県の出西や沖縄県の読谷などで見られるようになっている現状がある。

5 おわりに
 こうした取組において,一方ではモダンクラフト的な汎用性が模索されつつ,一方では旧来の伝統や地場性が強調されることがままある。その点において,ここでの事象は,伝統性の商品化をめぐっての近年の動向を考察することにも繋がっている。発表では,ビームスや雑誌メディアの傾向についてより詳細に紹介をしたのち,先の「MODERN RED」なども含めた産地・生産者の取組の事例をいくつか取り上げることとしたい。
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© 2007 公益社団法人 日本地理学会
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