日本地理学会発表要旨集
2007年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 610
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パミール高原(タジキスタン共和国)の氷河地形,湖岸段丘
*小松 哲也渡辺 悌二平川 一臣
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抄録


 2006年9月27日‐10月26日に,発表者達は,中央アジアのタジキスタン・キルギスタンにおいて以下の調査:(1)気象観測ステーションの設置,(2)国立公園管理に関する聞き取り調査,(3)氷河・周氷河・段丘地形に関する予察調査,を行った.これらの中から今回は,タジキスタン側で行った(3)氷河・周氷河・段丘地形に関する予察調査,の結果を報告する.

調査地域
 タジキスタン共和国はアフガニスタン・ウズベキスタン・キルギスタン・中国に囲まれた中央アジアの国で,国土の東半分がパミール高原とトランス・アライ山脈からなる山ぐにである.パミール高原は東部と西部で,降水量や地形的特徴が異なる.一般的に,東パミールは年間降水量100~200 mm以下,年平均気温-6~1℃(UNEP 2002),丸みをおびた山が目立つ高原状の地形からなる.一方,西パミールは年間降水量400~1500 mm,年平均気温-2~7℃(UNEP 2002),急峻な山脈とそれに並行する谷が南北に並ぶ.
 今回の報告は,次の二地域:(1)東西パミールの境界部に位置するChukur谷周辺,(2)東パミール北東部に位置するKara Kul湖周辺,における調査報告である.

Chukur谷周辺の氷河地形
 Chukur谷(N37°30′,E72°45′)は東西パミールの境界部に位置する南向きの谷であり,本流であるToguzbulok谷の右岸側に位置する.一方,Toguzbulok谷の左岸側には,北向きの谷が並んで分布し,その前面には氷河底堆積物からなる平坦面が広く分布する.これは,北向きの氷食谷から前進してきた氷河が癒着して山麓氷河を形成し,Toguzbulok谷全体を覆う規模の氷河が発達したことを示す.
 Chukur谷における氷河地形の調査から,次の三つの氷河拡大期をあらわすモレーン(古い方からH, M, Lと仮称)を確認し,そのそれぞれのリッジに分布する花崗岩質の巨礫から10Be露出年代法用試料を採取した.これらのモレーンの地形的特徴は次の通りである.
 (1) Hモレーン(標高4280 m):Chukur谷の中で最も高位に位置するラテラルモレーン状の地形で,谷の出口にのみ分布する.Toguzbulok谷全体を覆う規模の氷河が発達した時に形成されたモレーンだと推定される.
 (2) Mモレーン(標高4145-4160 m):Hモレーンの下位に位置するモレーンで,Chukur谷中のトラフエッジの高さと調和的である.このモレーン は,谷の出口から1.5kmほど下流に位置するターミナルモレーンと地形的に連続する.また,このターミナルモレーンは,氷河底堆積物からなる平坦面を切って形成されている.
 (3) Lモレーン(標高4200 m付近):Mモレーンと連続するトラフエッジよりも下位に位置するモレーン.Chukur谷中にターミナルモレーンを形成している.
 これらH・M・Lモレーンの年代について,その表面礫の風化度合いや先行研究(Abramouski et al. 2006)を参考にすると,HモレーンがMIS 5以前の氷期,MモレーンがMIS 4, LモレーンがMIS 2の氷河前進期に対比されると考えられる.

Kara Kul湖周辺の氷河地形・湖岸段丘
 東パミール北東部には標高3950-4000 mほどの広大な盆地が存在する.そこには現在,塩湖であるKara Kul湖(380㎢;Ni et al. 2004)が存在している.このKara Kul湖は流出河川が一つもない閉塞湖であることから,その高湖水面期を示す湖岸段丘は気候変化に対応して形成される.Korienvsky(1936)によると,Kara Kul湖はヴュルム氷期に最も拡大(830㎢)したとされる.しかし,第四紀の湖面の昇降時期や面積変化と,氷河の前進・後退との関係は断片的にしか明らかになっていない.そこで,今回,Kara Kul湖周辺の氷河・湖岸段丘地形の観察を行った.
 Kara Kul湖南西部に位置するAkjilga谷(N38°55′,E73°12′)の出口には,ハンモッキーモレーン状のターミナルモレーン(標高3950 m)が分布する.このターミナルモレーン前面にはアウトウオッシュ・プレーンがほとんど発達していなかったことから,このモレーン形成期には,氷河と湖が接していたものと考えられる.また,Akjilga谷中において,このターミナルモレーンと地形的に連続するラテラルモレーンの100 m上位に,より古い時期のラテラルモレーンが分布することを確認した.モレーン上の礫の風化度合いや地形的特徴を考えると,ハンモッキーモレーン状のターミナルモレーンがChukur谷Mモレーン,その上位に位置するラテラルモレーンがChukur谷Hモレーンに対比されると考えられる.
 また,Kara Kul湖南西部の丘陵の中腹に10,20,45 mの比高をもつ三段の湖岸段丘を確認した.しかし,現時点では,こうした汀線変化が生じた時期や,そのそれぞれの高さの湖岸段丘と関係する氷河地形については不明である.今後,現地調査を詳しく行い,これらの点を明らかにしていく予定である.

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