抄録
1.はじめに
我々は、鈴木ほか(2006;本学会)で概要と趣旨を述べたように、糸静線活断層帯の調査を実施している。本報告では、松本付近から岡谷に至る地域の変動地形と断層線認定に関する新知見およびピット調査結果を述べる。具体的には、1)松本北部における活断層の発見と新解釈、2)塩尻峠付近の新発見の横ずれ断層の紹介とピット調査結果を中心に報告する。
2.方法
平成16年度にパイロット重点調査として撮影された縮尺1/10,000、1940年代米軍撮影縮尺約1/10,000、1960年代国土地理院撮影縮尺1/10,000及び1970年代撮影縮尺1/20,000の空中写真の判読と現地調査に基づき、変位地形の認定と地形分類を行った。本研究における活断層の認定は、単にリニアメントを抽出し、その確からしさに基づいてマッピングしたのではなく、高度な変動地形学的知見から、地形発達史を考慮し、変位基準に認められる異常が浸蝕・堆積作用では説明できない等の理由を根拠とした。抽出した活断層線は、 I :存在が確実で位置も正確に認定できるもの、 II :存在が確実であるが、浸蝕や地形改変などにより位置がやや不確実なもの、 III :存在は確実であるが、伏在しているため地表変位が不明瞭なもの(以上,活断層)、 IV :断層変位地形としては認定できるが、第四紀後期の活動を示す明瞭な証拠が無いもの(推定活断層)の4つに分類した。また、平成16年度に牛伏寺断層、平成18年度に塩尻峠で実施したLiDARの結果も踏まえて検討した。
3.活断層の分布
活断層の位置情報について、従来の研究(池田ほか,1997;今泉ほか,1999;松多ほか,1999;池田ほか編,2002;中田・今泉編,2002)と概ね整合的であるが、一部の地域については、下記の通り新知見が得られた。
1)松本市の北部(城山~松本城の西側~筑摩付近)
従来、牛伏寺断層の北方延長は不明確であったが、松本市街地の低地内に、北北西-南南東方向に延びる断層が認められた。また、これと並走する複数の西落ちの断層が見出され、これらは新旧の地形面を累積的に変位させている。なお、上述の松本城付近の構造は、近藤ほか(2006)が指摘したものにほぼ相当するが、その延長上に糸静線の本質的な動きと推定される横ずれ変位が見出されたことは重要な新知見である。
2)牛伏寺断層の南部延長(崖ノ湯~塩尻峠付近)
従来「塩尻峠ギャップ」として、断層の空白域とされ、セグメント境界と考えられていた約7 km区間において、明瞭な左横ずれ断層が地形学的・地質学的に認められた。この新知見は、ギャップを持ってセグメント境界とする従来の考えを見直す必要を強く迫るもの新知見である。
4.ピット調査
上記2)で述べた活断層の活動履歴を解明するために、岡谷市塩尻峠地点において掘削調査を実施した。ピット壁面に露出した地層は、下位より、塩嶺累層・軽石層(Pm-I?)・コンパクトローム・ソフトローム・黒土層・表土に区分できる。表土直下までを切る複数の高角活断層が認められ、断層面状のミクロな構造も、左横ずれを示している。断層は黒土層(1,730+/-30 yBP)を切り、表土(1,440+/-30 yBP)に覆われることから、本地点での最新活動は約1千7百年前以後、約1千4百年前以前であったと考えられる。なお、1回の活動に伴う変位量や最新活動以前の活動時期などに関しては、今後検討を行う予定である。
5.考察
松本付近、特に松本城の西側や筑摩付近で非常に新しい地形面に変位が認められたことから、この地点は牛伏寺断層の最新活動(710+/-80 yBP-1,520+/-80 yBP;奥村ほか,1994)と同時に活動した可能性がある。従来、「塩尻峠ギャップ」と考えられていた断層空白域に活断層が認められ、約1,400-1,700年前の活動が確認されたことから、「ギャップ」は存在しない。また、断層トレースは牛伏寺断層の南方延長としての特徴を有することから、牛伏寺断層と同時に活動した可能性がある。
なお、平成18年度の他の地域(諏訪~茅野)の成果も含めた、断層変位地形の認定や平均変位速度に関する検討は別途行う予定である。
糸静線重点調査変動地形グループ:廣内大助(愛知工大)・隈元 崇(岡山大)・田力正好(東大)・杉戸信彦・石黒聡士・佐藤善輝・安藤俊人(名大)・内田主税・佐野滋樹・野澤竜二郎(玉野総合コンサルタント)・坂上寛之(ファルコン)