抄録
1,はじめに
南アルプス南部、赤石岳北側に位置する大聖寺平には、傾斜約20°の斜面に、植被階状土が10段程度分布している。
植被階状土は、気候環境や斜面傾斜、斜面物質、斜面方位、植生種などの影響を強く受け、各地域で異なった規模や形態を呈しているため、全ての植被階状土を同じ形成過程で説明することは困難であると考えられる。そのため形成過程の解明には、各地域に分布する植被階状土の特徴を把握し、それぞれの形成過程を比較検討していくことが重要である。
本研究では、南アルプス南部に位置する大聖寺平に調査地を設け、そこに分布する植被階状土の形態的特徴を把握すると同時に、その形成過程について検討した。
なお植被階状土の砂礫部(Tread)を上面、植被部(Riser)を前面と記す。
2,調査方法
大聖寺平北東向き斜面に分布する植被階状土を研究するために、実測図の作成(第1図)、土壌断面の記載、植生調査、斜面物質移動量の計測をおこなった。
3,調査結果
(a)土壌断面の記載
植被階状土の上面から前面、ハイマツ群落にかけて、最大傾斜方向に2m×深さ1mのトレンチを掘り、土壌断面を記載した。堆積物は上面の表面角礫層から垂直方向の層相変化が著しく、表面角礫層を除くと10層のユニットに分けられる。埋没腐植質土層の下部およびシルト質砂礫層には、粒径10cm以下の角礫が混じり、シルト質のマトリックス中には、バブルウォール型の火山ガラスが多く混入していた。調査地域周辺の埋没腐植質土層下部には、鬼界アカホヤテフラ(降灰期は約7300年前、以下K-Ahと略称:町田・新井 2003)が挟在しているため、ユニット6の下部およびユニット7に挟在していたものも、これに対比されるとみなされる。
(b)斜面物質移動量
植被階状土上面に設置したペンキラインでは、2~3cm程度の移動が生じ、グラスファイバーチューブの変位も、2cmであった。これは、日~数日周期的に生じる霜柱クリープを主体とし、これにフロストクリープ、ジェリフラクションが複合的に生じたためと考えられる。
4,まとめ
大聖寺平北東向き斜面には、10段の植被階状土が分布する。本研究では、実測図の作成、土壌断面の記載、植生調査、斜面物質移動量の計測結果に基づいて、調査地域に分布する植被階状土の形成過程を明らかにした(第2図)。
1)大聖寺平北東向き斜面では、晩氷期に、ソリフラクションロウブが形成され、その風背側に積雪域が形成された。
2)後氷期の初頭には、垂直分布帯の上昇に伴い、積雪域にハイマツ群落が侵入した。
3)K-Ah 降灰時(7300年前)には、ハイマツ群落内に土壌が形成され始めていた。
4)ネオグラシエーションには、植被階状土分布域が、ハイマツ群落と指交する強風砂礫地(現在の上面)となり、ソリフラクションによる斜面物質移動が生じた。斜面上方では、侵食による小崖が形成され、斜面下方では、ハイマツ群落に移動を制限された斜面物質により、堆積性の小崖が形成された。その結果、階状土の原形が完成した。
5)その後、階状土前面に植物が侵入し、同時に強い冬季卓越風の侵食を受け、上面と前面の境界部やハイマツ群落の縁には、風食ノッチが形成された。
参考文献
町田 洋・新井 房夫(2003) 新編 火山灰アトラス-日本列島と
その周辺.東京大学出版会.336p.
