日本地理学会発表要旨集
2008年度日本地理学会秋季学術大会・2008年度東北地理学会秋季学術大会
セッションID: S107
会議情報

新「東北を語る」
持続可能な東北の将来
*牧田 肇
著者情報
会議録・要旨集 フリー

詳細
抄録

 1980年代を通じて、青森県西目屋村と秋田県八森町(現八峰町)を結んで白神山地を横断する広域基幹林道青秋線(青秋林道)の建設計画の可否についての論争があった。この計画は、結局中止にいたり、その論争の延長上に白神山地中心部の森林生態系保護地域指定、ついで自然環境保全地域指定、さらに屋久島と共に日本最初の世界遺産(自然遺産)への登録があった。  この論争の後半、論争の白熱した頃から集結期にかけて、弘前大学では掛谷誠教授を研究代表者として、文部省科学研究費の助成により、白神山地の文化とその基盤となる自然の総合的な研究を行った(掛谷編1990)。  その研究の総括論文の中で、掛谷は北東北の置かれた文化と自然の当時の状況を生態史という視座から論じ、「白神山地のブナ林が組織的伐採で切り尽くされなかったのは、大きな消費地が近くになく、良材としてのブナが少なかったためである」という先行論文の分析を引用して、そのようなブナ林を持っている青森県を、経済開発におくれをとったがゆえに、貴重な自然資源の保存については最先端の位置に躍り出た、「一週遅れの最先端」と表現した。  ブナ林に代表される日本の夏緑広葉樹林が、第2次大戦後組織的に伐採されたもっとも大きな目的は、林地を針葉樹人工林に転換するためであって、ブナを用材として利用するためではなかった。だから、上記の良材が乏しいためというのは必ずしも正しくない。 しかし、伐採した木材は、何らかの形で消費しなければならず、大都市から遠く、幹線からも遠い白神山地のブナが消費地から遠いために伐採が遅れたという分析は、当を得たものである。  じっさい、東北地方では、福島、宮城、山形、岩手、秋田とブナ林の伐採が進み、青森県でも、八甲田など奥羽山脈のブナ林、岩木山麓のブナ林が伐られ、白神山地のブナ林もかなりの面積が組織的な伐採を受けた時点で、自然保護の声が高まり、伐採が止まったのである。すなわち、世界遺産となった白神山地の原生的なブナ林は「距離の贈り物」としてわれわれに残されたのである。  東北地方の観光開発などでよく使われる「豊かな自然」は、よく考えると必ずしも正確ではないが、このような「距離の贈り物」として残されたものが多い。このような自然は、収穫して資源として利用するには、すでに少なく、都市的に利用するには面積が小さすぎる。これらの永続的利用は、エコツァーやグリーンツァーなど環境負荷の少い形の観光などに求められるべきである。そのための環境インフラの整備はかなり必要であると考えられる。  一方で、前記の、ブナ林を針葉樹林に変える「拡大造林」政策のために、東北地方には膨大な面積の人工造林地が残された。  この人工造林地は、端的に言えば林野庁の赤字のために、ほとんど手入れがされていない成績不良な林地となっている。  しかし、昨今の外在の価格の上昇、バイオ燃料としての利用の可能性から、これらの林地は近い将来貴重な資源として見直されてくるはずである。その際に、第2次大戦中から戦後にかけて行なわれた無限定な人工林の伐採、それにつづく無限定な林種の転換=拡大造林のような政策の誤りの轍を踏むことはもはや許されない。永続的に利用すべき資源としての国有人工林の運営が期待される。 掛谷 誠(編)(1990):『白神山地ブナ帯域における基層文化の生態史的研究』,平成元年度科学研究費補助金(総合A)研究成果報告書,358頁,弘前大学.掛谷誠(1990): 掛谷 誠(1990):『生態史と文明史の交錯-白神山地における自然と生活の生態史をめぐる諸問題』,上記報告書,345-358頁.

著者関連情報
© 2008 公益社団法人 日本地理学会
前の記事 次の記事
feedback
Top