日本地理学会発表要旨集
2008年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 707
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ブラジル・パンタナールにおける熱帯湿原の持続的開発と環境保全(17)
環境保全策により生じたパイアグアス地域における森林植生の荒廃
*吉田 圭一郎
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抄録


I.はじめに
 パンタナール(Pantanal)は,南米大陸のほぼ中央に広がる面積約23万km2の世界最大の熱帯湿原である(Por 1995).パンタナールの植生に関する研究はこれまでに数多く行われており,主として季節的な浸水域の変動が植生分布を規定すると考えられてきた(例えば,Prance and Schaller 1982やYoshida et al. 2006など).
 1992年以降,本来の湿地生態系を取り戻す目的で,伝統的な湿地管理システムの中で,季節的な破壊と地域住民による修復が行われてきた自然堤防の亀裂(Boca)の周年開放が実施された.その結果,自然堤防の亀裂の下流域では恒常的な浸水域が拡大し,それまでの水位変動によって形成された植生が変化しつつある.
 そこで本研究では,自然堤防の亀裂の周年開放により引き起こされた恒常的な浸水域の拡大がパンタナールの植生景観,特に森林植生へ与える影響について把握することを目的とした.

II.調査地と方法
 調査地は南パンタナール・パイアグアス地区(Paiaguás)で行った.ここでは,上流に位置する自然堤防の亀裂の周年開放により,恒常的な浸水域が1992年以降に拡大し,湿原植生に大きな影響を与えている.
 まず湿原内に島状に散在する林分をその面積に応じて100m2より大きいもの(N=32)と100m2以下のもの(N=128)に区分し,面積,高木層(>10m)の有無,木本の出現種数,衰退度(0~5,表1),主な木本の出現種を記載した.調査地が恒常的な浸水域であることから,できるだけ対象となる林分に近づいた上で,ボート上からの目視により調査を行った.そのため,出現種数については高精度でデータが得られた100m2以下の林分についてのみ解析に用いた.調査は2007年8~9月に行った.

III.結果と考察
 調査した林分は,高木層をTabebuia aurea,T. heptaphylla,Andira inermis,Copernicia alba,Astronium fraxinifoliumなどが構成し,低木から亜高木層にはScheelea phalerata,Curatella americana,Cecropia pachystachyaが出現した.恒常的な浸水域の拡大による被害を受けていない100m2以下の林分には平均で6.1種が出現した.構成する樹木のうち半分程度以上が被害(枯死,衰退,傾倒など)を受けていた林分は100m2以下のもののうち47.7%を占めた(写真1).一方で,面積が100m2より大きい林分では12.5%であり,被害を受けた個体は周辺域に限定されていた.
 自然堤防の亀裂を管理していた時には現在よりも水位が低く,調査対象とした湿原内に形成された微高地には,季節的な高水位時においても水没することが避けられたため,木本種を中心とした植生が成立できた(Por 1995).しかしながら,1992年以降の恒常的な浸水域の拡大にともない,それら微高地に成立した林分は衰退する傾向にあった.特に面積の小さい林分では構成する木本種の個体が全て枯死して草原に変化しつつあった.また,面積が大きい林分についても周辺の個体を中心に被害が認められ,今後さらに衰退する可能性が高いと推察された.

本研究は平成19~22年度科学研究費補助金「ブラジル・パンタナールの伝統的な湿地管理システムを活かした環境保全と内発的発展」(基盤研究B(2),No. 19401035,代表:丸山浩明)の補助を受けた.

引用文献
Por, F. D. 1995. The Pantanal of Mato Grosso (Brazil). Kluwer Academic Publishers, Dordrecht.
Prance, G. T. & Schaller, G. B. 1982. Preliminary study of some vegetation types of the Pantanal, Mato Grosso, Brazil. Brittonia, 34: 228-251.
Yoshida, K., Maruyama, H., Nihei, T & Miyaoka, K. 2006. Vegetation patterns and processes in the Pantanal of Nhecolandia, Brazil. In: Proceedings for International Symposium on Wetland Restoration 2006 -Restoration and Wise Use of Wetlands (ed. The Organizing Committee of the Symposium on Wetland Restoration 2006). Shiga Prefecture Government, Otsu.

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© 2008 公益社団法人 日本地理学会
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