抄録
【研究の背景と目的】
冷温帯から亜寒帯を中心とする森林土壌中からは,外生菌根菌であるCenococcum属が形成したと考えられる菌核が多数検出されることがある(Trappe 1969)。この粒子は,直径0.1~から4mm程度(あるいはそれ以上)の黒色球状の粒子として認識され,主に低pHの土壌に分布することが知られ,土壌中の交換性アルミニウム量が多い地点においてより大きな菌核粒子が形成されることが報告されている(Watanabe et al. 2002)。また,菌核そのものが腐植複合体としての性質を持ち(Watanabe et al. 2001),土壌腐植構成成分として位置づけることができる。本研究では,東京都三頭山および秋田県田沢湖高原のブナ林において,表層土壌中の菌核分布の季節変動を明らかとし,Cenococcum属の菌核形成に関わる環境要因と菌核の土壌生態系における存在意義を,地理的分布特性に基づいて検討した。
【調査地点と研究方法】
三頭山においては,標高1460m,1250mのブナ混交林斜面の2地点(Site A,B)において,それぞれ約2×2mの範囲内における3ヶ所の表層土壌採取を,2007年4月より毎月おこなった。田沢湖高原においては,170mのブナ林斜面において地形計測をおこない,10m毎に表層土壌を採取した。調査は2006年11月,2007年5月,2007年11月に,それぞれ同一斜面においておこなった。採取した土壌は,風乾後粗大な植物遺体や礫を取り除き,蒸留水中に拡散させることにより,浮上した菌核をピンセットを用いて採取し,その重量(mgg-1)と個数(count g-1)を計測した。
【結果と考察】
三頭山のSite Aでは0.42~0.65 mg g-1,3.6~5.5 count g-1,Site Bでは0.094~0.27 mg g-1,1.6~3.9 count g-1の菌核が検出された。いずれも4月に最大値を持ち,夏期にかけて菌核含量は減少した。Site Aでは,9月に菌核含量が4月と同程度に増加したが,Site Bでは増加は認められなかった。田沢湖高原における3時期の調査では,0.032~1.5 mg g-1,0.33~8.3count g-1の菌核が検出された。斜面下部では菌核含量に変化はほとんど認められなかったが,急斜面において菌核含量は激しく変化し,特に斜面上部において菌核が旺盛に形成される傾向が明らかとなった。また,斜面上部の緩斜面では,菌核含量が緩やかに変動していることが明らかとなった。
菌核含量の増加は,土壌中で菌核が新たに形成されたことを意味し,一方菌核含量の減少は,菌糸の発芽,Cenococcum属やバクテリア類による分解・利用などの要因が考えられた。Watanabe et al. (2007)は新潟県妙高山において採取された菌核の14C年代の測定をおこない,菌核が腐植酸よりも長期間(数百年あるいはそれ以上)土壌中に安定して存在することを報告している。しかしながら,三頭山のSite Aでは31%,Site Bでは61%の菌核が春期に分解・消失 し,田沢湖高原でも同程度の変動が見られた。Cenococcum属は,菌核を形成することで多様な環境に適応することができる。森林土壌において多量に菌核を形成する活動は,腐植合成作用の一つとして認識することが可能であると考えられた。また,菌核は長期間安定であるだけでなく,その形成と発達が森林土壌中の炭素の代謝回転へ大きな寄与を持つ現象であることが示唆された。
【引用文献】
Trappe JM (1969) Canadian Journal of Botany 47, 1389-1390
Watanabe M, Fujitake N, Ohta H, Yokoyama T (2001) Soil Science and Plant Nutrition 47, 411-418
Watanabe M, Kado T, Ohta H, Fujitake N (2002) Soil Science and Plant Nutrition 48, 569-575
Watanabe M, Sato H, Matsuzaki H, Kobayashi T, Sakagami N, Maejima Y, Ohta H, Fujitake N, Hiradate S (2007) Soil Science and Plant Nutrition 53, 125-131