日本地理学会発表要旨集
2008年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 711
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梓川上流域の山地帯
亜高山帯移行部における植生構造と地形
*高岡 貞夫
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抄録

1.はじめに
 植生パターンの形成に関わる地形の形態(方位、傾斜)、地形の構成物質(土壌)、およびそれらの変化(攪乱)の特性は、長い時間スケールでみれば変化してきた。このような諸特性の時代的変化は、植物の生活史の時間スケールを越えるものであるから、通常は不変のものとして扱われるが、地域の植生誌を理解する際には、長期的な地形変化の視点を含めた検討も必要であろう。
 本研究では山地帯-亜高山帯の植生境界の構造と地形との関係を、特にブナの分布に着目して明らかにすることを目的とする。本研究では古植物学的な手法ではなく、遷急線などの地形的特徴と植生構造との関係から、間接的に植生境界の成立過程の検討を試みた。

2.対象地域と方法
 調査地域は長野県と岐阜県の県境に位置する焼岳から安房山にかけての梓川右岸斜面である。本地域の山腹斜面には、標高1600~1700mを境にして上部にはシラビソ、コメツガ、トウヒ、ウラジロモミの優占する亜高山帯植生と、下部にはブナ、シナノキ、ウラジロモミなどが優占する山地帯植生が発達しているが、両者の移行部ではそれぞれの森林が斜面方位や傾斜に対応して特徴的な分布を示す。
 長野県旧安曇村が撮影したカラー空中写真(1:11000)を用いて、ブナ樹冠分布図を作成した。この空中写真は1991年10月29日に撮影されたもので、落葉広葉樹は紅葉・黄葉している。樹冠の色調と形態の特徴からブナであると推測されるすべての樹冠を抽出し、現地調査の結果を加味して、ブナの樹冠の位置をオルソフォト上に図化した。このブナ樹冠分布図をDEMに重ねて、ブナ林冠木の位置する場所の地形的特徴を求めた。
 山地帯-亜高山帯の移行部に存在する森林に調査区A・B(それぞれ約0.2ha)を設けて測量を行い、樹高2m以上の全ての樹木個体の位置や傾斜変換線の位置を記録した。

3.結果と考察
(1)ブナ林冠木の分布と斜面方位・傾斜との関係
 空中写真で判読されたブナの林冠木は、南~南東向き斜面に集中し、北西―北―北東向き斜面には少なかった。一見、斜面方位による日射量・気温等の違いが分布上限付近のブナの分布に関わっているように見えるが、地形分布を詳細に見ると、必ずしもそうではない。場所によっては、南向き斜面のうち中腹から下方にかけてのみブナが優占し、斜面上部には常緑針葉樹が森林をつくるところがあった。また常緑針葉樹が優占する北向き斜面では、ブナは南向き斜面より被度が低いものの、斜面下方の急斜面に出現した。
 本地域では斜面方位によって斜面の傾斜が必ずしも一様ではなく、尾根が東西方向に伸びる場所では南向き斜面に急斜面が卓越することが多い。このような特徴は本地域の基盤岩の構造と関係していると考えられる。
(2)調査区A・B内における樹木分布
 北向き斜面に設けた調査区Aには、コメツガ、ウラジロモミ、シナノキが優占し、ブナは出現頻度が低かったが、調査区の一部で林冠に達する個体が存在した。南東向き斜面に設けた調査区Bにはブナが優占し、コメツガ、ウラジロモミ、シナノキが混生していた。調査区A・Bを遷急線より上方と下方の斜面に区分し、20個体以上出現した5種の分布の偏りを検討した結果(カイ二乗検定)、ブナは遷急線より下方の斜面に集中し、そのほかの樹種はどちらの斜面にも分布していた。
 本地域の植生帯境界は一義的には現在の気候条件で規定されているが、上述の(1)(2)の結果から、境界のミクロな構造には斜面の開析過程が影響してきた可能性が指摘できる。
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© 2008 公益社団法人 日本地理学会
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