抄録
はじめに
新期富士山は約1万年前に形成され、側火山の噴火なども含めた活動の後、1707年以降沈静化を保っている。富士山の樹木限界は西斜面で最も高く、約2900m、南東斜面で最も低く、1400mであり、それぞれの斜面の形成年代や安定性などによってそれらの高度は規定されている。従って、斜面によって遷移段階の異なる林分が発達し、一次遷移における様々な姿を見ることが出来る。しかし、場合によってはスラッシュ雪崩などの攪乱を受け、二次遷移に移行しているところもある。
富士山北西斜面御庭付近には特異的にカラマツの低木林が発達する。斜面西側と東側には寄生火山列があり、2450m付近を境にして、上方は旧期溶岩流によって2,200~3,200年前、下方は御庭第一溶岩流によって約1,600年前に形成された(宮地 1988)。カラマツは強い風衝によってことごとく偏形し、それから推定される風向は南西~南南西である(岡 1980)。本報告ではこの低木林の遷移上の性格を吟味しながら、低木林分が維持されている要因について樹齢と樹高の関係から言及する。
高齢個体と若齢個体のサイズの違い
北西斜面の2650m~2350m付近におけるカラマツの樹高は2390mを境にして急増し、これが森林限界を形成することになる。高度に従って、樹高と直径(根元)との関係を見ると、高標高地では直径に対して樹高の比率が小さくなっていて、伸長生長よりも肥大生長のほうが卓越し、低標高地ではその比率が大きくなって、伸長生長が卓越する傾向がある(岡ほか 1992)。つまり、高標高地では寸詰まりの、低標高地では縦長の樹形が目立つということになる。この寸詰まりの個体群が低木林に相当する。一方、樹高と樹齢の関係は、森林限界を境界に逆転し、上位では高齢の個体ほど樹高は低く、下位では高齢の個体ほど樹高は高くなっている(図1:白川 2007)。このことは、高標高地に広がる低木林の樹形の寸詰まりの程度は加齢によって、すなわち過酷な環境下へ暴露された時間によって決定付けられていることを示唆する。また、高齢個体ほど偏形の度合いが大きく、彼らの一次遷移におけるパイオニア的役割が推測される。樹高の制限には通道阻害(エンボリズム)が大きく関わっていると考えられている(丸田・中野 1999)。調査対象地域では、強風で樹皮が損傷し、蒸散が過度に促進されて木部に高い張力がかかったり、幹や枝の凍結融解は頻繁におき、通道阻害が生じることが多いと予想される。その結果、枝や幹が枯損し、低木化が固定されることになるのであろう。発表では加齢によって低木化がどのように促進されるかに焦点を当てた議論を行う。
参考文献
岡 秀一1980. 富士山におけるカラマツの偏形とその形成要因について.地学雑誌 89-2:13-28.
岡 秀一・大賀宣彦・菅野洋光1992. 富士山北西斜面七太郎尾根におけるカラマツ低木林の成立と斜面形成.第四紀研究 31-4::213-220.
白川亜沙子2007. 富士山北西斜面におけるカラマツ低木林の植生構造と立地環境.首都大学東京大学院理学研究科修士学位論文 33p.
丸田恵美子・中野隆志1999. 中部山岳地域の亜高山帯針葉樹と環境ストレス.日本生態学会誌 49:293-300.
宮地直道1988. 新富士火山の活動史.地質学雑誌94:433-452.