日本地理学会発表要旨集
2008年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 114
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企業城下町における中核企業の事業再構築とその地域的影響
神奈川県南足柄市を事例として
*外枦保 大介
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抄録

1.はじめに
 2000年代に入り,日本の製造業は新たな局面を迎えている.競争力の源泉として,イノベーションの促進や研究開発能力に対して従来以上の注目が集まっている.このため,近年の企業の事業再構築は,単なる生産拠点の転換だけにとどまらず,研究開発拠点をも含めた大掛かりなものになりつつある.中核企業の動向が地域に強い影響を及ぼす企業城下町では,企業の生産体制の変化によってこれまでも変化を遂げてきたが,このような製造業の環境変化によって企業城下町もまた新たな状況へと変化しつつある.
 そこで本発表では,生産拠点・研究開発拠点ともに再構築が進展している,富士フイルム株式会社(以下,富士フイルム)の企業城下町,神奈川県南足柄市を事例として,中核企業の事業再構築とその地域的影響の実態を解明する.地域的影響では,南足柄市において富士フイルムの事業再構築の影響を強く受けたと考えられる,下請企業,地方自治体,従業員という3つの主体について検討した.

2.南足柄市における富士フイルムの事業再構築
 2000年代に,富士フイルムは,不振に陥った写真感光材料事業のリストラを推進してきた.南足柄市にある神奈川工場足柄サイト(以下,足柄サイト)は,創業以来,写真用フィルムや印画紙などの写真感光材料の主力生産拠点であったため,大幅なリストラに迫られた.当工場では人員削減策として,社員の早期退職を進めるとともに,写真感光材料の製造ラインのうち一部の製造工程を子会社に移管した.
 一方で,富士フイルムは,写真フィルム事業で培われた精密薄膜を塗布する技術を応用し,事業構造の転換を推し進め,「第二の創業」を目指している.その筆頭に上げられるのが,TACフィルムをはじめとする液晶部材である.1990年代後半以降,静岡県吉田町(吉田北工場)や熊本県菊陽町(熊本工場)などにおいて液晶用フィルムの量産化が開始された.さらに,TACフィルムの新工場が足柄サイト内に建設されており,2008年に稼動を開始する.製造ラインの増設が続く熊本工場では量産機能を担う一方で,足柄サイトの製造ラインでは,高付加価値な製品の開発が計画されている.
 もう一つの南足柄市周辺における富士フイルムの最近の動きとして,研究所の新設がある.2006年,神奈川県開成町に研究開発の戦略拠点として「富士フイルム先進コア研究所」が新設された.
 このように南足柄市(および開成町)の拠点は,従来,主力事業である写真感光材料の生産を担うという意味で企業の核であったが,現在では高付加価値な製品を創出する生産・研究開発拠点という意味で企業の核となっている.

3.事業再構築の地域的影響
(1)下請企業
 写真感光材料の製造工程は,富士フイルム内において完結するため,自動車や電機産業のような下請構造は見られないが,構内外注業務に従事する企業を中心に下請企業が足柄サイト周辺に集積している.
 下請企業は,富士フイルムの事業再構築の影響を強く受けており,労働集約的な工程に多く関わってきた企業ほどその影響は大きい.研究開発能力の向上や富士フイルム以外の企業との取引の構築など依存脱却の取組を早い段階で進めた企業は,事業再構築の影響を可能な限り小さく留める事ができた.
(2)地方自治体
 南足柄市は,1990年代まで富士フイルムからの税収が莫大であったため,財政状況は極めて良好であった.しかし,2005年の法人市民税が最盛期の5分の1にまで減少するなど富士フイルムの事業再構築の影響を強く受けている.このため,新たな税収確保の取組みとして,2006年3月に「足柄産業集積ビレッジ構想」が策定され,大型の投資をひきつけるための政策整備が進んでいる.
(3)従業員
 事業再構築によって,写真感光材料製造ラインの子会社移管など労働集約的な雇用が削減された.一方,新研究所の新設に伴い研究員数が増加し,南足柄市内に独身寮が新設されている.
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© 2008 公益社団法人 日本地理学会
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