日本地理学会発表要旨集
2008年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 113
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東京都大田区における中小零細企業間の補完関係とその形成過程
*丸山 美沙子
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抄録

1.はじめに
 1990年代以降,国内製造業は国際競争下に晒されるようになり,危機的状況におかれた中小零細企業の対応策が模索されるようになった.多くの研究によって,産業集積地域の優位性が再認識されてきたが,企業間が連関を形成し補完関係を成すための具体的方法を示した研究は少ない.
 大都市産業地に関しては,かねてより「産業地域社会」や「仲間取引」などの存在が指摘されており,それが集積地域の優位性の源泉であるといわれてきた.これを受け丸山(2007)では,東京都板橋区を事例に中小企業の新規取引連関の形成過程を調査し,かつて地域内に存在した協力会や中小企業グループ,現在までの取引連関が,新たな取引連関の形成に作用していることを示した.しかしながら,近年まで大企業が存在し,ピラミッド型の生産体系が形成されていた板橋区は,地方産業地域に近い状況にあるといえる.これに対し,多数の研究が行われてきた東京城南地域では,地域の大企業が1970年代後半に区外移転しており,優位性をもたらす要因が異なることが予想される.
 そこで本報告では,東京城南地域の核心地である東京都大田区を事例として,当地域に立地している企業がどのような補完関係を形成しているのか,また,その関係がいかなる要因によって形成されているのかを明らかにすることを目的とする.
2.大田区の工業集積
 大田区は明治期までのり養殖と麦わら細工の盛んな地域であったが,1923年,関東大震災後の帝都復興計画により,大森地域が工業地域に指定され,都市部にあった工場が多く流入した.昭和期,相次ぐ戦争により,軍需工業地域として飛躍的に発展を遂げた.1962年,のり養殖が廃業し,広い干場跡地に多くの工場が立地することとなったが,1970年代後半以降,大規模企業が区外へ移転し,中小企業は業種展開を迫られる.さらに,2度のオイルショックを受け,中小企業は一社依存型を脱却し,特定の加工分野へ特化するという形態を取った.1985年以降はNC機械の積極的な導入など,多種少量・短納期・高精度を特徴する地域として知られている.近年の工場数の減少は激しく,一時は9000以上あった工場数は,現在4000社を下回っていると見られ,高齢化・後継者問題などから,企業数の減少は今後も続くと予想されている.
3.中小零細企業間の補完関係とその形成過程
 取引連関の範囲を見ると,受注先が全国に広がっているのに対し,外注先は区内連関が多くを占めている.中小企業のなかでも,比較的大きいとされる15人以上規模の企業の形成する連関がかつての大企業の役割を果たし,区内連関が維持されている.しかし,このような企業のうち一部では,生産コストの問題から外注先として地方企業を積極的に選択しているというケースも見られた.
 中小零細企業にとっては,営業が難しい点と,短納期が要求されるという点から,近距離の企業との連携が重要になる.地域内のつながりが強い要因の一つとして,大田区に多数ある工業会など各種団体の存在が考えられるが,企業数の減少に伴い,現在の活動は活発ではない.また,対象企業においては,そのような団体に所属している企業が少なく,これまでの受注先・外注先との関係の中で,新たな取引相手を探していくという行動が多く見られた.
 一方,大田区産業振興協会が果たす役割は大きい.特に新規外注先との取引は,大田区の紹介によって始まっている事例が多く,近年大田区に寄せられる外注先紹介の問い合わせ件数は増加傾向にある.
 近距離に立地する企業間であっても,取引を始める際は知人の紹介をうける場合が多い.このことは,信用ある人からの紹介を受けない限り,新たな企業との取引を始めることは難しいことを示しており,「紹介してくれる相手との関係性が良好である(=個人間の信頼関係がある)」という要素が,集積の利益に大きく関わっていることを示している.
【参考文献】
丸山美沙子2007.大都市機械工業地域における新規取引連関の形成過程-東京都板橋区の中小企業を事例として-.地理学評論80:121-137.
著者関連情報
© 2008 公益社団法人 日本地理学会
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