日本地理学会発表要旨集
2008年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: P102
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茨城県東茨城台地における「北向き緩斜面」の形成プロセスと最終氷期の段丘形成
*大井 信三坂井 尚登
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抄録

はじめに
 東茨城台地には,台地を刻む東西の水系が卓越しており,河谷の縦断形は非対称で,「北向き緩斜面」が広く発達している.この「北向き緩斜面」については貝塚(1949),石井ほか(1987)において霜柱ソリフラクションによるものとされ,その形成期は最終氷期の寒冷期とされた.斜面堆積物の観察は石井ほか(1987)において斜面の縦断測線において試錘調査が行われたが,今回茨城町小幡城址遺跡において,北向き緩斜面を縦断するトレンチが掘られ,詳細な観察を行ったので報告する.
 さらにこの「北向き緩斜面」には低位と高位の2段があり,これらの「北向き緩斜面」と最終氷期の段丘形成との関わりについても述べる.
小幡城址遺跡における「北向き緩斜面」の縦断面トレンチの観察と形成プロセス
 トレンチは涸沼川の支流寛政川に向いた北向き緩斜面を長さ15m,深さ2mにわたって縦断して掘られており,斜面の傾斜は約2度である.トレンチでは最下位に,生痕化石(Rosselia)が見られる中粒砂層があり,これは近くの段丘露頭から,見和層上部層下位にあたる.この見和層を削って層厚100~128cmの斜面堆積物が見られる.斜面堆積物の下位は淘汰の悪い細礫からなり,層厚は14~50cmでトレンチ中央部で厚く,末端で薄くなる.礫の配列は斜面下方に向かってコンベックス形をなし,斜面堆積物の基底の形は礫に削られ凹凸が激しい.礫層の上にはシルト質砂層があり,層厚30~60cmで,礫層の層厚とは反比例関係にある.最上部は白色シルト層で層厚17~37cmで,これは礫層が厚い所でシルト層も厚い.斜面堆積物は今市・七本桜テフラ(IS,SP,14-15ka)に覆われ,この頃には斜面は流動を止め安定したことを示す.これより上は層厚160cmの黒ボク土・表土に覆われるが,黒ボク土の真中に層厚40cmほどの赤褐色のソフトローム層があり,ここからバブル型の火山ガラスを産することから鬼界アカホヤテフラ(K-Ah,7.3ka)層準に同定される.
 斜面形成のプロセスは,下位の礫層はコンベックス形の礫の配置をなすことから,ジェリフラクションのプロセスが考えられ,上位のシルト質砂層がフロストクリープのプロセスであると考えられる.一般にジェリフラクションは永久凍土帯での凍結融解サイクルによるとされているが,本トレンチの礫層が厚い部分は,上位のシルト層も厚く,地形から見ると背後に浅い谷があり,水分の集中する所であったと考えられ,そのような場では永久凍土帯でなくとも,ジェリフラクションのプロセスが活発であったと考えられる.
2段の「北向き緩斜面」
 小幡城址遺跡の「北向き緩斜面」はIS,SPに覆われ,筑波台地,那珂台地などの既存研究の「北向き緩斜面」もIS,SPやATに覆われる(石井ほか,1987・坂本ほか,1972・鈴木,1990).しかし鉾田市下鹿田では,赤城鹿沼テフラ(Ag-KP)に覆われるか,斜面堆積物中にKPの軽石が混在する「高位の北向き緩斜面」があり,「北向き緩斜面」には低位・高位の2段が存在する.
最終氷期の段丘形成と「北向き緩斜面」
 東茨城台地の台地起源の巴川,寛政川など小河川沿いの段丘状の地形は,緩やかに北向きに傾いている「北向き緩斜面」である.一方丘陵起源の中河川である涸沼川は,中流域から下流は東茨城台地内を流れるが,台地内の中位~下位の段丘群は台地の北側に発達する非対称段丘をなす.これは斜面堆積物が河川を北に押しやりながら下刻し,順次段丘が形成されたことを示す.茨城町奥谷の涸沼川のL1面の段丘露頭では,KPに覆われる段丘礫層の下位に淘汰の悪い斜面堆積物が見られた.山地起源の大河川である那珂川も下流域は台地内を流れるが,那珂川沿いの段丘群には特定な傾向は見られない.那珂川・涸沼川の最終氷期に形成された下位段丘面は早川(1981)によりL1~L5面に区分されていて,L1面は直上にKPを載せ,L3面は直上にATが載り(海野・大井,1988),L5面はIS,SPが載る.KPの年代はFT法で32ka(鈴木,1976)とされているが,水戸でKPは含雲母グリース状火山灰(Gr)の下位にあることから50Ka前後と古くなることが想定される.
 下位段丘面の年代からはL1面が「高位の北向き緩斜面」に対比され5万年前の亜氷期に対応する.L2-L5面が「低位の北向き緩斜面」に対比され最終氷期極相期に対応する.台地内の斜面でソリフラクションのプロセスが盛んな頃,山地斜面でも岩屑生産のプロセスが盛んであったことが想定され,段丘と「北向き緩斜面」は対応している.「北向き緩斜面」が段丘のように細かな分類が出来ないのは,斜面という性格上,斜面形成プロセスが続いている間は,古い斜面堆積物を新しい斜面堆積物が押し流すか,覆ってしまうためと思われる.
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