抄録
1.はじめに
本研究では,赤石山脈南部の荒川岳周辺に分布する岩石氷河上およびその周辺において,永久凍土の有無の推定を目的とした地表面温度観測をおこなったので,その結果を報告する.南アルプスでは,北部の間ノ岳周辺では地表面温度観測がなされ,その結果から永久凍土の現存が推定されている (Matsuoka and Ikeda 1998; Ishikawa et al. 2003).しかし,南アルプス南部では,これまで山岳永久凍土に関する研究はほとんどおこなわれていない.
2.調査地域と方法
調査地である荒川岳は赤石山脈の南部に位置し,悪沢岳(3,141 m),中岳(3,083 m),前岳(3,068 m)などの3,000 m以上の山頂高度を持つ三つのピークからなっている.荒川岳周辺には氷河地形が多数分布しており,カール内部には山岳永久凍土の指標地形である岩石氷河が存在している.この山域には砂岩・頁岩などの四万十帯の堆積岩類が広く分布しているが,悪沢岳山頂付近にはチャート・火山岩類が露出している.
地表面温度観測に用いた測器は,ティアンドディ社製小型自記温度計TR52(おんどとりJr)である.地表面温度観測は,悪沢岳北東面のカール内の岩石氷河上2地点(WR1,WR2),同カール底の砂礫地1地点(WR3),前岳南東カール内の岩石氷河上2地点(MN1,MN2)の,計5地点で実施した.観測期間は2006年8月17日から2007年8月16日の1年間,測定間隔は1時間である.
3.結果および考察
地表面温度の観測結果を図1に示す.WR1,WR3,MN1の3地点では,晩冬期に日較差がほとんどない状態で推移している.これは,この期間それらの地点は厚い積雪に覆われ,積雪の断熱効果により外気の影響が遮断されていることを示す.厚い積雪に覆われた地点において,晩冬期の積雪底温度(BTS)が-3℃以下であれば永久凍土存在の可能性が高く,-2~-3℃では可能性小,-2℃以上では永久凍土が存在する可能性はないことが,スイスアルプスや北欧などにおける調査から経験的に知られている(Haeberli 1973).WR1におけるBTSは-7.2℃,MN1では-6.6℃と-3℃以下の値を示していることから,両地点では永久凍土が存在する可能性がある.特に,WR1では年平均地表面温度(MAST)も-0.8℃と0℃以下の値を示していることから,本地点に永久凍土が存在する可能性は高い.それらに対し,WR3でBTSが-2℃を上回り(-1.7℃),MASTは2.6℃と比較的高い値であったことから,永久凍土存在の可能性はない.WR2とMN2の2地点の地表面温度は,冬期を通して短周期の変動が見られることから,それらの地点における積雪はそれほど厚くなく,外気の影響を受けていると推定される.WR2における年平均地表面温度は0℃をやや上回る程度(0.5℃)であることから,永久凍土の存在は否定できないが,MN2では2.3℃と比較的高い値であったことから,永久凍土が存在する可能性は低いと判断される.以上の結果から,悪沢岳北東面のカール内部や前岳南東カールの内部に存在する岩石氷河内には永久凍土が存在する可能性があるのに対し,カール底の砂礫地には永久凍土が存在する可能性はないことが示された.