日本地理学会発表要旨集
2008年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: P103
会議情報

天山山脈,ウルムチ河源頭1号氷河の前面域における植生分布の規定要因
*手代木 功基黒田 真二郎KADER Kezer小山 拓志岩田 修二
著者情報
会議録・要旨集 フリー

詳細
抄録

はじめに
 後退していく氷河の前面域は,植生遷移を空間的に捉えることができる場所として注目されている.氷河前面域の植生遷移や植生分布に関わるこれまでの研究は,主に北欧やヨーロッパアルプス,アラスカの氷河で行われてきた.これらの研究は,植生を規定する要因として,氷河が消失してからの時間が重要であることを明らかにした(Matthews 1992).  さらに,近年では周氷河作用による地表面の撹乱作用も氷河前面域の植生分布の規定要因として取り上げられている(Haugland & Beatty, 2005).
 本研究は,先行研究でいまだ検討がなされていない中国天山山脈において,植生分布の規定要因を明らかにすることを目的とする.
調査地と方法
 調査地は中国北西部新疆ウイグル自治区,天山山脈東部のウルムチ河源流域の最上流部に位置する1号氷河の前面域である.1号氷河は小氷期以降縮小しており,その末端部は年々後退している.陳 (1988) はライケノメトリーを用いてモレーンの編年を行い,約420 年前からの氷河の後退を推定した.また李 他 (2003) の実測によると,1号氷河は2001 年までの40 年間で185 m 後退している.
 調査は,地形学図の作成,9ヵ所の方形区(5 m × 5 m)内における植生調査・試坑掘削などを行った.また斜面物質の移動を把握するため,1ヵ所にペンキラインを塗布して表面礫の移動を計測した(2006-2007年の1年間).
結果
 1号氷河の前面域は,約420,230,110,60年前にそれぞれ形成されたモレーンと,そのモレーンの間に位置する過去のアウトウオッシュ堆積面,そして現成のアウトウオッシュ堆積面からなっていた.
 それぞれの地形面に設置した方形区内の植生調査から,植生は,地形形成年代が古い(氷河からの距離が大きい)ほど植被率・出現種数・出現個体数が多い傾向がみられた.しかし,その傾向に従わない方形区も存在した.
 また,出現種とその被度をもとに植生のグループ分けを行うと,植被に乏しいグループ,イネ科草本が優占するグループ,Thylacospermum caespitosumが優占するグループの3つに区分された.
考察
 1号氷河の前面域では,氷河からの距離が植生分布に大きな影響を与えていた. 上述の植生グループの変化は,植生の初期遷移過程を示していると考えられる.
 氷河からの距離は大きいが植被率が少ない方形区では,地表面の不安定さが植生の侵入を妨げていると考えられる.実際にこの方形区(モレーンの緩斜面上に設置)に敷設したペンキラインでは,平均5 cm 程度の礫の移動が生じており,他と比較すると安定性に乏しいといえる. 以上より,植生分布は氷河が消失してからの時間の長さと,地表面の安定性に大きく規定されていることが明らかとなった.
 また本調査地では,アラスカや北欧の氷河前面域などと比較すると植被率が増加するまでにかなりの時間を要していることが示唆される. 内陸アジアにおける他の氷河前面域の植生分布についても調査を行い,他地域とさらに比較を行っていく必要がある.
文献
Haugland E. & Beatty W. 2005. Vegetation establishment, succession and microsite frost disturbance on glacier forelands within patterned ground chronosequences. Journal of Biogeography 32: 145-153.
Matthews A. 1992. The Ecology of Recently-Deglaciated Terrain. Cambridge Univ. Press.
陳 吉陽 1988. 天山烏魯木斉河源全新世冰川変化的地衣年代学若干問題之初歩研究. 中国科学 B輯:95-104.
李 忠勤 他 2003. 烏魯木斉河源区気候変化和1号冰川40a観測事実. 冰川凍土 25:117-123.
著者関連情報
© 2008 公益社団法人 日本地理学会
前の記事 次の記事
feedback
Top