抄録
1.はじめに
2005年8月、ハリケーン・カトリーナ災害は米国災害史上最大の被害を記録した。特に注目されたのは、ミシシィッピー川のデルタ上に発達した人口48万人の大都市ニューオリンズ中心市街地(NOと記す)の1ヶ月にわたる水没である。ハリケーン・カトリーナの規模はカテゴリー5まで達したが、ルイジアナ州南部上陸時は、防災計画で想定されたカテゴリー3までその勢力を下げていた。この想定規模内のハザードが、氾濫発生場の土地環境などの自然的要因、開発などの社会・経済的要因、治水対策・水防活動などの社会的要因、地球温暖化に伴うとされる海面上昇等の影響を受け、想定外の大規模氾濫(ハザード)へと変化していった。災害は多様な側面を持つが、ここではハザード大規模化の要因に焦点を当て報告する。
2.ハザード大規模化の要因
高潮発生から大規模氾濫発生まで、ハザード大規模化の様相とそれと関わる要因を整理すると次のようになる。
1)カトリーナの強風はメキシコ湾等で高潮を発生させた。この規模は大規模ではあるが防災計画の想定内であった。2)高潮はルイジアナ州南部湿地帯を遡上するが、ここで高潮は減衰し、NOはその直撃を免れている。しかし、湿地帯は毎年65-90 km2/yearの速度で消失し、将来、高潮が直接NOに及ぶ可能性が高くなっている。湿地帯消失の要因として、石油開発や運河開発、治水施設整備にともなう土砂供給量の減少、波浪の影響そして地球温暖化に伴う海面上昇が上げられている(Campanella, 2004)。3)デルタ地帯に位置し、後背湿地を開発し市街地が形成されたNOでは、開発に伴う地下水排水や地盤の圧密、洪水氾濫減少による土砂供給量減少等の影響で地盤沈下が進行し、現在市街地の70%がゼロメートル地帯である。すなわち、堤防と日常的な強制排水によってかろうじて陸化しているこの都市は、外水氾濫による水没の危険性を常に抱えている地域でもある。4)この都市中心部の3水路に高潮が直接進入した。ここには、低湿地にとって重要な高潮遡上を防ぐ水門がなかった。これは、堤防建設と都市排水管理主体が異なり、管理境界の構造物建設合意ができなかったためである。5)高潮により水路内の潮位が上昇し、堤防が破堤した。破堤の原因は、(1)水位が堤防高を越え、越流により堤体が洗掘され洪水防御壁が倒壊したものと、(2)水位は堤防高より低く、堤体基盤を通した漏水によるものとがあった。このように、低湿な土地条件が堤体からの漏水による破堤の可能性を高め、さらに地盤沈下とともに堤防が沈下するなど、想定規模内の外力でさえ制御が難しい状況があった。6)また、堤防の建設と管理の主体が異なり、後者は地域別に多数あるため、堤防の日常的なあるいは緊急時の管理責任の所在が不明確であり、堤防からの漏水等への対応も不十分であった(USHR, 2006)。7)さらに、水門がないため、破堤後には多量の水を蓄えたポンチャートレイン湖の水が市街地へ流入するのを防げなかった。8)排水ポンプも中規模程度の浸水に備えたもので、古いものも多く、NO水没という状況に対して、十分な排水機能を確保できなかった。9)また、大規模氾濫に備えた氾濫場所を限る二線堤のような構造物はなく、流入した多量の水は、堤防で囲まれたNO中心市街地の80%を水没させることになった。10)さらに、破堤ヵ所の締切工事は、破堤確認の遅れや情報通信システムの故障から開始が遅れ、堤防の構造から車両が乗入れできず、完成までに時間を要した。
3.低頻度大規模災害と行政・住民の対応
NO大水害は低頻度大規模水害と呼ばれるタイプの水害である。すなわち、治水構造物の破壊(破堤)による大規模な洪水氾濫が、その発生頻度は非常に低いが、被害ポテンシャルの大きい都市部で発生し、大被害に結びついたものである。行政や住民はしばしば来襲するハリケーンに対しては様々な備えをしていたが、このような低頻度大規模水害は想定外のことで対応計画は無く、無防備のまま被災したことがハザード大規模化の過程からも分かる。
4.まとめ
気候モデルによるシミュレーション結果は将来のハリケーンの大規模化を予測しており、これは大規模な高潮発生につながる。この一次外力の増大から、水災害に対して脆弱な土地環境に立地する大都市を守るためには、なんとしても破堤を回避することが重要となる。このためには、ハザードを制御する堤防の強化、防潮堤・排水機場・二線堤等の整備等々の様々な対策や堤防維持管理体制の整備等を統合的に組み合わせ、ハザード大規模化への連鎖を断つことが求められる。それらに加え、土地環境をさらに脆弱にさせない対策、湿地帯の環境保全、土砂供給量の保全などの長期的視点にたった環境管理や、氾濫しても家屋への浸水が軽減できるような土地利用管理等の施策も同時に推進していくことが求められる。