日本地理学会発表要旨集
2009年度日本地理学会秋季学術大会
セッションID: 713
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乾燥地における都市開発の動向と課題に関する予察的研究
*山下 博樹
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抄録
1.はじめに
 乾燥地は全陸地の41.3%を占めるが,その乾燥度により人間の居住環境としてはかなりの格差が存在する.極乾燥の砂漠でさえも,水資源確保のための技術的向上などにより都市的な開発が活発化し,人口100万を超える大都市地域が多数出現している.本報告では,乾燥地における都市開発の動向を先行研究などにより概観し,その特徴と課題を明らかにしたい.

2.乾燥地の都市発達の特徴と近年の動向
 一般的に人々は,飲用や農業用などの新鮮な水を必要として,河川やオアシスへのアクセス可能な範囲に集落を形成してきた.この基本的な条件に沿わない乾燥地は,多くの人々が集まり,居住し生活するための都市を形成するには不適当といえよう.それにもかかわらず,古くより多くの集落や都市が乾燥地にも発達してきた.Cook et al. (1982) は世界の乾燥地には,人口10万以上の都市が355あり,そのなかには急速な人口増加により市街地を拡大させている都市の存在を指摘している.砂漠での集落立地は拡散的で,歴史的には商業あるいは行政の中心として機能し,鉱山,交通ルート,そのほかの地域文化施設の周囲に発生してきた .他方,乾燥地に位置する都市は,灌漑センター,駐屯地,交通・通信の結節地,政治や行政あるいは広域的な中心地として機能しており,また観光やレクリエーション,鉱産資源の開発などにともなって発達する都市もあった.
 乾燥地の都市は,かつてはこのように特定の役割に特化していたが,近年では都市化の進展によって,鉱産資源の存在など地域固有の要因がなくても多様な機能を有するようになった.そのおもな要因として次の4点が確認されている).1 多くの土地を必要とする企業や軍隊,調査設備などが,人口が過密な地域から周辺の砂漠地帯に移転している.2 伝統的な鉱業の中心地やその周辺の砂漠化していない地域では,すでに資源が枯渇しているので,新たな採掘施設や発電施設などは砂漠にも立地するようになった.3 道路などの交通手段の整備により砂漠にも郊外住宅地などの都市的開発がおよび,市街地が拡大している.4 パイプラインなど給水手段の発達で水源からかなりの遠隔地でも給水が可能になり,また淡水化技術の開発により安価な水が利用できるようになった.
 こうした砂漠の都市化を促進する要因によって,これまで限定的であった雇用機会と,さまざまなサービスを供給する大都市から遠隔にある砂漠の都市のハンデキャップが軽減可能となり,乾燥地での大都市形成が促進されている.しかしながら,観光やレクリエーションのような環境調和型の砂漠利用を除くと,都市開発は農業的利用と比較すればコンパクトで節約的な土地利用ではあるが,都市化による環境への影響は無視することができない.
 以上のように,乾燥地においても,都市化を求める社会経済的背景やそれを可能にする技術的な進歩によって急速に都市開発が進展し,人口増加地域が拡大している.もはや乾燥地の都市開発は特殊な事例ではなくなった.こうした乾燥地での都市開発は今後さらに加速することが予測されている.

3.乾燥を克服する都市開発とその課題
 現代の人間生活において,乾燥は技術的に克服可能になりつつある.とりわけ先進国や産油国などの高所得国においてはその克服に必要な負担を上まわる利益があれば,それ以外の労働力の確保やインフラの整備などの課題はほとんど問題にならない.むしろフェニックスのように,低湿度の環境が結核やぜんそく,リューマチなどの患者にとっては健康上最適の土地であるとし,アリゾナ州のように「健康な州」を自認しているようなケースもある.UAEのドバイでは,水不足を海水の淡水化技術とミネラルウォーターの輸入で補い,また酷暑による慢性的な電力不足を原子力発電の開発によって解決しようとしている.このように今日では乾燥が都市の発展上の大きな支障とならない反面,技術的な克服には水の確保のための水路の掘削や,淡水化施設利用のためのエネルギー消費などが不可欠となる.さらに乾燥気候が卓越する亜熱帯高圧帯や内陸地帯での季節的な酷暑や寒冷が人間生活におよぼす影響も無視できない.こうした気候下では日常的に冷暖房の使用が必要であるほか,人々の外出には自家用車の利用される割合が高くなるなど,エネルギー消費が多く環境負荷の高い生活スタイルを余儀なくされるからである.このように自然の恵みを利用できないことによる自然環境への負担はきわめて大きく,持続可能な都市のライフスタイルとは言い難い.また砂漠をめぐる生活環境への問題として,中国大陸の黄砂はそのダストによる健康被害なども報告されており,その影響の範囲は砂漠だけにはとどまっていない.
 
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