日本地理学会発表要旨集
2009年度日本地理学会秋季学術大会
セッションID: S101
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琉球列島における津波災害
シンポジウムの趣旨説明
*河名 俊男
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抄録

I.はじめに
 1771年(明和8年),4月24日の午前8時頃,琉球列島南部の宮古諸島や八重山諸島に大津波が襲来した(牧野,1981).本稿ではこの津波を「1771年明和津波」と称する(明和津波と略称).明和津波による犠牲者は,歴史書の『球陽』によると宮古諸島で2548人(球陽研究会,1974),八重山諸島では9393人に達した(古文書の『大波之時各村之形行書』による).
  明和津波は以上のように強大な津波であったが,これまでの古文書の解読や現地調査では,当時の地震の痕跡などは不明であった.こうした中で,最近石垣島南部の考古遺跡の発掘から,明和津波の可能性が高いと思われる時期の地震動とそれに伴う津波の痕跡が現れた(本シンポジウムの山本報告).
 琉球列島では,とくに南部の宮古・八重山諸島において何回かの歴史津波が襲来し,多大な被害を及ぼした.以上の背景の下で,沖縄県における津波防災のための基礎資料が沖縄県海岸防災課の下で作成された(本シンポジウムの西岡ほか報告).
 本州の東海地方沿岸域から紀伊半島沿岸域にかけては,過去,何回かの大津波が襲来している.このうち,1944年の東南海地震に伴う津波の襲来については戦時下の状況で詳細は不明であったが,最近,米軍撮影の空中写真がアメリカの国立公文書館で発見され,詳細な写真判読が進められている(本シンポジウムの宇根ほか報告).
 2004年のインド洋津波は世界中を震撼させた大津波であった.インド洋津波の実態把握,その要因,および今後の防災等に向けて多数の研究者が調査されたが,それらの中に,本シンポジウムの後藤報告と宮城ほか報告がある,
 前者の後藤報告では,インド洋津波の現地調査と数値計算に基づく津波石の移動解析と防災への応用を議論し,後者の宮城ほか報告では,インド洋津波とマングローブ林域の破壊に関する定量的な評価を行っている.
 以下,各報告の要旨を述べる.
II.河名報告
 明和津波の最高遡上高(約30m:島袋,2008),古文書『奇妙変異記』に記載された4箇所,6個の岩塊の移動確認(河名ほか,2000),「1667年宮古・八重山地震津波」(新称)の規模,および宮古諸島における約1500年頃の津波の襲来を推測し,各被害状況を述べる.
III.山本報告
 石垣島東南部の嘉良嶽遺跡群の中で,嘉良嶽東方古墓群の発掘から,明和津波の時期と推定される地震動による地割れ(亀裂)と,それを埋積するサンゴなどの津波堆積物が発見された.このような現象を把握したのは,石垣島では初めてのケースである.
IV.西岡ほか報告
 沖縄島と宮古・八重山諸島周辺海域におけるいくつかの想定地震を設定し,津波再現モデルとして今村ほかモデルと中村モデルを検証した.津波の浸水予測結果データや浸水予測図等を作成し,それらの成果は各市町村の説明会を通じて普及が図られ,沖縄県のホームページで公開された.
V.宇根ほか報告
  1944年12月7日に発生した東南海地震の3日後に,米軍が撮影した三重県尾鷲市の空中写真は,壊滅的な被害を受けた地域の範囲,津波の遡上によって打ち上げられた船,および海岸の浸食などの被害状況を明確に確認できる貴重な写真である.本研究から,沿岸の地形の詳細な把握などの重要性が指摘される.
VI.後藤報告
  インド洋津波に際しての現地調査では,タイのパカラン岬の津波石は高潮位線以下に堆積している.その現象は,数値計算によると,ビーチ周辺の斜面に段波が衝突した際に反射波が発生し,遡上流とは逆向きの流速成分を持つ反射波が沖に伝播するのに伴い,礁原上の津波流速が急減することが原因と考えられる.
VII.宮城ほか報告
  インド洋津波に際して,津波とマングローブ林の破壊類型では,強い破壊から,順次,抜根流亡,浸食流亡,曲げ折れ,せん断破壊,倒壊,傾動,枯死,生存と類型化できる.もしマングローブ林が自然状態で保全されていたら,調査域内の森の陸域では津波波高が大きく減衰し,住民の47%が生存したという見積もりがなされた.
VIII.防災,減災に向けて
 1998年5月4日の午前8時30分頃,石垣島南方沖を震源とするM=7.6の地震が発生し,同日の8時39分に沖縄気象台は,沖縄全域に津波警報を発表した.津波情報入手後の行動に係わるアンケート(複数回答)によると,約12%が「海岸に行った」という(山田,2000).
 引き続き,各地の津波に係わる調査研究を行うとともに,以上の現状も踏まえ,防災,減災に向けて,今後とも,防災教育,講演会,普及活動など各種の取り組みが必要とされる.

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© 2009 公益社団法人 日本地理学会
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