抄録
1. 発表の概要
日本の各地でジオパークに対する取り組みが盛んになってきているが,琉球列島では本格的な動きがまったくみられない.琉球列島には,日本の他地域にはない固有の自然環境があり,こうした自然環境の下で形成された景観は国際的に価値の高いものを含んでいる.したがって,ジオパークになりうる可能性を秘めた地域も少なからず存在する.それにも関わらずジオパーク活動がみられないのは,一般市民だけではなく,行政機関や研究教育機関においてもジオパーク・ジオツーリズムの存在が十分に認知されていないためであろう.本発表では,琉球列島にみられる自然景観のうち,特にジオパークにふさわしいと考えられるものを,その地球科学的な価値とともに列挙したい.そして,琉球列島でジオパーク活動を立ち上げるきっかけとしたい.
2. 琉球列島ならではの自然景観
琉球列島の自然環境は,亜熱帯性の気候と,その気候環境下で形成されたサンゴ礁地形,さらにはサンゴ礁が隆起した石灰岩地形などに特徴づけられよう.このような気候・地形環境は,地表面付近の水・植生・土壌の特性を決める基礎的な要因にもなっている.こうした自然環境の下で形成される景観は琉球列島ならではのものであり,それらはジオパークの資源になりうるものである.
サンゴ礁地形は,琉球列島の自然景観を象徴するものであろう.地球規模でみると,琉球列島はサンゴ礁の分布限界付近に位置しており,典型的な裾礁タイプのサンゴ礁が形成され(トカラ列島の小宝島以南),部分的には堡礁に近いタイプのサンゴ礁もみられる(石西礁湖・久米堡礁).また,大規模なサンゴ洲島もある(ハテノ浜など).
琉球列島に広く分布する石灰岩地域には,亜熱帯特有のカルスト地形が形成されている.たとえば,中生代の石灰岩からなる沖縄島北部の本部半島には,温帯とは異なる気候条件下で形成される円錐カルストが発達する.琉球石灰岩からなる各地には大規模な鍾乳洞が形成されており,観光資源にもなっている.この地域の鍾乳洞は,風葬に利用されたり信仰の対象になったりするものも多く,人文学的(考古学・人類学・民俗学的)な価値もある.「世界ジオパークネットワーク(GGN)」も,ジオパークの資源のうちの主要なものの1つに鍾乳洞を位置づけており,琉球列島でも鍾乳洞はジオパークの拠点になりうるであろう.
円錐カルストや鍾乳洞は石灰岩地域特有の地形であるが,琉球列島ではそれ以外にもさまざまな石灰岩地形が観察される.沖縄島南部や宮古島の台地上には大規模な石灰岩堤がみられる.沖縄島北部をはじめとする各地の海岸には,砂や礫が比較的短時間で固結したとみられるビーチロックが形成されている.これは亜熱帯の気候環境に関連した地形でもある.
さらに,変動帯に位置する琉球列島には,目に見える形で地殻変動の証拠が残されている.たとえば,石垣島などでは,過去の大津波で内陸に乗り上げた巨礫(津波石)を観察することができる.また,沖縄島をはじめとする広い地域の海岸では,しばしば「キノコ岩」がみられ,場所によってはキノコ岩の窪み(ノッチ)が平均海面よりかなり高い位置に形成されている.こうした離水ノッチや,喜界島などに代表される海成段丘は,気候変動と地殻変動の複合的な営みの結果である相対性海面変動を記録している.
琉球列島の自然景観にジオパークとしての価値があることは疑いようがなく,これまでの日本のジオパーク活動に琉球列島を欠いていたことは大きな問題である.琉球列島の貴重な自然景観を適切に保全する上でも,ジオパーク活動の意義は大きい.世界的にみても,亜熱帯島嶼圏ではまだジオパークが設立されていない.太平洋島嶼地域にジオパークを広げる核として琉球列島を位置づけることも,われわれに課された責務と言えよう.