日本地理学会発表要旨集
2009年度日本地理学会秋季学術大会
セッションID: S402
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伝統漁法石干見の保存と活用
*田和 正孝
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キーワード: 石干見, 保存, 活用, 九州, 沖縄
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抄録


1.はじめに
潮の干満差をたくみに利用した伝統漁法石干見の復元と活用が、近年、九州各地で始まっている。地域の人々の生活や生業に関わる身近な風景を文化財として評価する「文化的景観」の考え方が定着し、そのような景観を保存したり、再生したりする動きと関係があると考えられる。たとえば、大分県宇佐市の長洲海岸で石干見(イシヒビ)が復元された。これを地元中学校での環境教育や体験型観光に活用しようとしている。地域貢献やツーリズムのための装置として、石干見がいま脚光を浴び始めているのである。地理学や民族学においても、1970年代でいったん終息していた石干見に関する研究が、1990年代から再び繰り広げられている。このような学界の動向をみるとき、いったい、石干見に関する研究はこれまでどのように進められてきたのか、今後いかなる研究が可能かを検討することが必要と考える。本報告では、以上のことをふまえたうえで、九州・沖縄地方の石干見を事例に、石干見研究の方向性と新たな可能性を考察する。

2.近年の石干見研究
1980年代後半から1990年代にかけて、各地に残る石干見に関する報告がなされ、石干見漁の技術などが議論された。また、昭和初期における石干見の利用形態に関して、当時の漁業権資料を用いた分析などもなされた。さらに、石干見が文化財として保護対象となっている状況についても議論が始まっている。近年の石干見研究の特徴としては、(1) 漁業史的考察、(2)分布と現況についての研究、(3)利用形態を生態学的視点から考察する研究、さらには、(4)文化資源・文化財としての石干見をめぐる議論、の4点をあげることができる。以下では、これらのうちの(4)に注目し、石干見の保存・再生・活用をめぐる議論について検討しよう。

3.石干見の保存・再生・活用をめぐる議論
長崎県諫早市高来町にある石干見(スクイ)は、有明海に唯一残る石干見である。これは所有者が現在でも魚とりを続けている。一方で、1987年以来、旧高来町の文化財に指定されている。また、スクイは2006年には沖縄県宮古島市伊良部島に残る石干見(カツ)とともに、「未来に残したい漁業漁村の歴史文化財産百選」に選ばれた。2003年6月には、農林水産業に関連する文化的景観の保存・整備・活用に関する検討委員会によって『農林水産業に関連する文化的景観の保護に関する調査研究報告書』が提出された。そのなかの「漁場景観・漁港景観・海浜景観」の重要地域として、鹿児島県大島郡竜郷町の石干見(カキ)漁、沖縄県八重山郡竹富町小浜島の石干見(カキ)、重要地域以外の二次調査対象地域として諌早市のスクイ漁場が指定されている。宇佐市の長洲海岸では、前述の通り、環境教育や観光目的で復元が始まっている。長洲漁港のわきには「観光ひび」も復元されている。沖縄県石垣市白保では2006年、海垣(インカチィ)が復元された。白保ではかつてインカチィから多くの食料を得ていた。地域に住まう人々がそれを記憶し、生活にかかわっていたインカチィを白保の文化として次世代に残したいという強い気持ちの表れである。
以上のように、石干見の保存・再生・活用に関しては、漁業、観光(ツーリズム)、文化遺産の3つの要素が様々に関与している。

4.おわりに
石干見への関心の高まりは、学界のみならず行政や地域コミュニティーからも示されている。2008年3月には宇佐市において、「第1回日本石干見サミット」が開催され、石干見の復元と再生事業、体験型観光漁業の取り組み、地域おこしとツーリズムへの期待などが報告された。また、海の文化的景観としての石干見の維持管理と動態保存の可能性なども議論された。2009年5月には、長崎県五島市富江において「第2回すけ網(石干見)サミット」が開催された。そこでは、新たな視点として、石干見と里海に関する考え方も提示された。生物の多様性は、適度な攪乱がある場合にもっとも高くなるといわれている。海中に石垣を構築することで、海藻類が繁茂し、多種多様な生物がそこに蝟集する可能性があるというのである。
石干見はいかにして新たに生成され、保存され、活用されてゆくのであろうか。地域振興や地域文化の表象の問題のみならず、環境保全の装置としての意義についても、石干見研究の今後の展開が注目される。

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