日本地理学会発表要旨集
2009年度日本地理学会秋季学術大会
セッションID: 314
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GISを用いた神戸市における1938年阪神大水害の被害要因分析
*谷端 郷
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抄録

I はじめに
 本研究では,明治期以降に都市としての発展をとげた神戸を事例に,豪雨災害による被害要因を地形条件や都市化の状況に着目して分析することを目的とする.
 自然災害の発生や被害の要因を考える場合,近年発生した災害だけでなく,過去の災害を検討し被害要因を考える災害史研究の分析的視点も重要となる.また,被害要因の分析には,地域の自然条件や社会条件を総合的に検討する必要がある.
 日本において,急速な近代化を果たした明治期以降,特に人口・産業の集中する大都市において急激な都市化が進行した.なかでも神戸のような平野の少ない大都市においては,耕作地であった山麓部や川沿いにまで市街化が進んだために,豪雨災害に対して極めて脆弱な環境条件を持つに至った.つまり,都市化は,災害の被害状況に対して大きな影響を与えたと考えられるのである.
 そこで本研究では,1938年に阪神地域で発生した阪神大水害を事例として,地形条件や都市化の状況に着目し近代都市における豪雨災害による被害要因を分析する.なお,本研究では当時の被害状況や都市化の状況を,地理情報システム(GIS)を用いて分析することで,被害要因の定量的な分析も試みる.
II 研究の対象と方法
 阪神大水害では,1938年7月3~5日の3日間の間に発生した豪雨が,土石流や河川の氾濫を引き起こした.神戸市では,家屋の約7割が被害を受け,616名の死者がでた(神戸市1965:582).
 本研究の対象地域は,1938年の神戸市域である.当時の神戸市は,現在の神戸市須磨区から灘区までを市域とした.神戸市における被害状況の復原には,『神戸市水害誌附図』(神戸市1939:117)に添付されている災害地図を用いた.この災害地図を基図とし,GISを用いて,浸水域,流出・全壊・半壊それぞれの家屋被害箇所,山谷崩壊場所をトレースした.また,死亡者の分布の作成には,『神戸市水害誌』(神戸市1939:247-280)の町会別のデータを用いた.
 さらに,1938年以前に測量された各種地形図,数値地図50mメッシュ(標高),数値地図25000(土地条件)を,復原された被害状況と重ね合わせることによって,被害要因を分析した.
III 結果・考察
 本研究における分析の結果は,以下の通りである.
 (1)主に平野部で発生した浸水と家屋被害の分布は,地形との関係から2つのパターンに分けることができる.一つは,下流部まで両岸に段丘が存在する狭隘な河川の氾濫原において,深度の深い浸水と家屋被害を下流部までもたらしたもの(例えば妙法寺川や新湊川などの神戸市西部の河川)が挙げられる.もう一つは,谷口から典型的な扇状地を発達させた河川において,あまり家屋被害はみられず,広範囲に浸水をもたらしたもの(例えば宇治川や西郷川,都賀川など神戸市中央部から東部の河川)が挙げられる.被害の分布状況を考察したこれまでの研究で,地形条件に関して十分に検討されてこなかったが,被害形態の地域的な違いは,本研究によって地形条件の違いによるものであることが明らかになった.
 (2)明治中期の仮製図と被害分布図とを重ね合わせた結果,明治中期以前に成立した兵庫付近や平野部における伝統的集落の多くが浸水被害や建物被害を免れ,明治中期以降に市街化された地域で被害が広がっていることが確認された.この結果は,既に住吉川流域における阪神大水害の被害要因分析で指摘されている。しかし,本研究では住吉川流域以外においても近代期における急速な都市化と浸水被害や建物被害との関連性が示唆された.
 (3)本研究では,死者の分布が流出家屋や全壊家屋の分布状況と重なる傾向がみられた.これまで,阪神大水害における死者の被害要因についてはほとんど実証的な分析がなされてこなかった.しかし本研究では,死者の多くの被害要因は,家屋の流出や全壊をもたらした土石流である可能性が高いことが指摘された.
 以上のようなプロセスを通し, 阪神大水害の神戸市域の被害状況とその被害要因を検討した結果,いくつかの事実が判明した.一つは相対的にマクロな空間スケールの分析から,被害形態は地形条件に大きく規定されることである.他に,明治中期以降の都市化により,近世以前では人々が住まなかったような水害に遭いやすい地域にも人々が住み始めたことによって発生した災害であることが明らかになった.
 今後は,より具体的な都市化と被害要因との関連性を検討すべく,ミクロな空間スケールからの分析に取り組みたい.

文献
神戸市編1939.『神戸市水害誌』神戸市.
神戸市編1939.『神戸市水害誌附図』神戸市.
神戸市編1965.『神戸市史第三集社会・文化篇』神戸市.

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© 2009 公益社団法人 日本地理学会
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