日本地理学会発表要旨集
2009年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 202
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近代化遺産保存活用をめぐる地域主体間関係
福岡県大牟田市・熊本県荒尾市を事例として
*森嶋 俊行
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抄録

1.はじめに  1990年代以降,行政において「近代化遺産」「産業遺産」の保存と活用が推進されている.近代化遺産の保存活用が特に争点となるような地域は,企業城下町を形成していた中核企業が撤退したり立地調整を行うことで,地域産業の大転換が行われるとともに,多くの近代化遺産が取り残されるか,取り壊されようとしている地域である.本研究においては,このような地域における近代化遺産保存活用運動が,どのような経過を経て発生,進展し,地域における各主体がどのように近代化遺産を価値付け,どのように行動し,他主体とどのような関係をもつことによって,現状における近代化遺産保存活動が行われているかを明らかにする.この際,特に,旧中核企業の地域政策と,これに対する行政や市民の反応に特に注目する.これは,この問題が,文化財保護運動の中で近代化遺産に特有の問題であることによる. 2.研究対象事例地域  本稿の研究対象地域,大牟田・荒尾地域は,江戸時代末期より1997年まで三池炭鉱が存在し,当該地域は明治時代よりエネルギー革命期まで,三井鉱山を中心とする三井財閥・グループの企業城下町として発展した.エネルギー革命後,当該企業グループは,何度かの人員削減などの合理化を経て当該地域における事業を縮小し,現在,当該地域における当該企業グループ関連就業者の割合などは,小さいものとなっている.一方で当該企業グループは,当該地域において多量の不動産を所有していたが,当該地域からの事業撤退によりこれらの不動産の多くは遊休化し,処分されることとなった.この処分過程における近代化遺産の解体は,当該地域における近代化遺産保存活用運動を発生させた.この運動は,自治体が,企業より,近代化遺産を含む不動産を買い取り,直接所有することによって近代化遺産の保存・活用を行う,という形で具現化した.この買い取りにあたって国の文化財保護政策・産炭地域振興施策に基づく財政的援助が大きく影響した.自治体は炭鉱閉山時,「脱炭鉱」産業政策の一つとしてテーマパークの運営を中心とする観光振興策を行っていたが,この破綻に前後して,観光政策・文化政策の柱の一つに近代化遺産保存活用施策を位置付けていくこととなる.同時期,地域商工業者団体による近代化遺産の買取や,インターネット上の当該地域出身者の集まりを起源とするNPO法人による近代化遺産保存活用運動の発生などが起こる.当該地域においては,合理化のさなかで発生した1960年の三池争議,1963年の三川坑粉塵爆発事故など炭鉱の「負の歴史」が市民に共有され,炭鉱の記憶は正負双方が入り混じるものとなっている.自治体の政策,商工業者団体の運動,NPO法人による運動は,これらの歴史を含めた炭鉱の記憶を保存し,企業の不動産処分計画に対し近代化遺産の保存を求めていくものである,という点は共通している.これに対し企業は,「当該地域の遊休不動産はすべて売却する」という方針を掲げ,経営不振もあいまって遊休不動産の処理を進めている一方で,売却価格の引き下げや,売却の一時的保留といった形で,近代化遺産保存に関する負担を間接的に負っている.この負担は自治体の要望に対応する「地域貢献」の負担と位置付けられるものであり,企業が独自に近代化遺産を活用しようという意思は見られない. 3.おわりに  本研究においては,企業の地域における施策と自治体の政策に地域諸主体が関連しつつ,地域における現在の近代化遺産保存活用状況が成立している様子を示した.ここに見てきたように,近代化遺産の保存活用の様態は,企業の歴史的な地域政策,及び自治体の観光政策・文化政策に強く影響されている.特に近代化遺産は,企業の「経営の論理」及び「地域政策」によりそのありようを大きく影響されるものであり,今後より具体的なこれらの関連について深く研究されるべきものであると考える.

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© 2009 公益社団法人 日本地理学会
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