抄録
1. はじめに
モンゴルでは、数千年来、移動により土地への環境負荷を分散させる遊牧が維持されてきた。遊牧は自然環境への依存度が高いために、干ばつとゾド(家畜の大量死につながる寒候季の寒雪害)に繰り返し脅かされてきた。本発表では、2008年に終了したJICAの技術協力プロジェクト「モンゴル国気象予測及びデータ解析のための人材育成プロジェクト」(2005~2008年)のなかで、篠田・森永 (2005, 地理評)の提案に基づいて開発した早期警戒システム(early warning system: EWS)について報告する。
2. 気候メモリ概念のEWSへの応用
ゾドとは、放牧されている家畜が大量に餓死する直接的な原因となる、冬・春の草地の地表面状態あるいは天候である。干ばつは牧草不足をもたらし、家畜が栄養不良になるために次の寒候季にゾドの被害が出やすい。ゾドで家畜が大量死するまでのおおもとには干ばつの発生があり、干ばつの影響が、「降雨→土壌水分→牧草→家畜」と時差をもって及んでいく。このため、この連鎖現象のメカニズムを解明すれば、先行現象をモニタリングすることで家畜に影響が及ぶ前に災害の早期警戒が可能となる。このように、異常気象に起因する陸面状態の偏差の持続性(気候メモリ)という視点から(篠田 2005, 沙漠研究)、EWSを開発した。
3. JICAプロジェクトの成果
プロジェクトに先立って行われた事前評価調査で、中央や地方の気象・政府関係者などにインタビューを行い、その要請にしたがって、遊牧を支えるための牧草地図の精緻化を試みた。従来から、年1回8月後半に村単位で数地点の牧草量データの収集が行われていたが、位置(緯度経度)情報がないため、詳細な地図作成ができなかった。そこで、プロジェクトでは、GPSを各県の農業気象観測者に購入・提供し、牧草量データとともに位置情報を収集させた。そのデータは首都にある気象水文環境監視庁に集め、GISを利用して地図作成ができるよう指導した。
さらに家畜数データも組み合わせて作成された地図が図1下であり、新聞などを通じて一般に公開されている。従来の地図(図1上)と比べて、数10キロスケールの詳細な牧草量分布が示され、家畜はより近い位置にあるよい草地を利用でき、その結果として放牧圧を分散させることにもなる。いっぽう、達成されなかった点は、地図情報のゾド警報のガイドラインへの活用であり、今後の課題は、より幅広い利用者への地図情報の普及である。
4. 研究レベルでの成果と将来への展望
JICAプロジェクトの発展として、将来の現業化をめざした研究レベルでのEWS開発も行った。植生と積雪の衛星情報、前年の家畜数・死亡率を説明変数とし、家畜死亡率(ゾド災害)の程度を目的変数とする樹形モデルを作成した(Tachiiri et al. 2008, J. Arid Environ.)。このモデルは気候メモリという視点でゾド災害の発生メカニズムを直観的に理解しやすいという利点がある。
この成果を模式的に示した図2によると、背景要因として前年の家畜の死亡率(健康状態)や家畜数(牧養力)、環境要因として8月の植生状態と12月の積雪状態がモデルにより抽出され、これらの4要因のうちいくつかが重なるとゾド災害発生確率が高まることが示された。このなかでも8月の植生状態はゾド発生に最も重要な要因であり、地上観測の牧養力(図1)とともに半年程度前にゾド警戒情報として利用できる可能性が示された。