日本地理学会発表要旨集
2009年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 813
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大都市における水辺空間の観光化に関する研究
―北京の什刹海を事例として-
*何  晨
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抄録
1. 研究目的と研究対象地域
本研究の目的は,北京の什刹海を事例として,大都市における水辺空間の歴史的変遷,および変遷過程の中で形成された様々な景観や施設(観光要素)が,都市観光化に果たす役割を明らかにすることにある.
近年,大都市における水辺空間の意義に対する関心が集まっている.水辺空間は,飲料水・農業用水の供給源や河川交通・資材運搬などの物流機能のみならず,近年では近隣住民に対するレクリエーションの場や自然環境の保護といった親水機能の役割を担っている.生活環境の悪化が進行する大都市において,水辺空間の果たしうる役割は大きい.
急速に開発の進む北京では,水辺空間の観光開発は重要な意味を持つ.什刹海は北京市のほぼ中央に位置する,同市を代表する水辺空間である.近年,北京では急速な経済成長や観光の国際化を背景とした,観光客の増加が顕著である.什刹海は,北京の中でも観光化の進んだ地域である.美しい景観を眺望できる湖畔には,西洋スタイルのバーやレストランが相次いで開業し,外国人観光客やビジネスマンを対象とした一大歓楽街を形成している.

2. 調査方法
什刹海における観光開発の状況を把握するため,2008年7月から8月にかけて,現地調査を実施した.具体的には,什刹海周辺に立地する諸観光施設,およびバーや土産品店など全127店に対してインタビュー調査を行い,各施設の開業年や出店理由,出店の経緯,経営者の出身地,業種選択の理由などを調べた.また,什刹海周辺の都市計画や,什刹海保護区に位置する歴史・文化的建造物の利用状況なども調査した.さらに,GISを用いた空間分析も実施した.

3. 什刹海の変遷
什刹海の機能は,時代とともに大きく変化した.金代,什刹海は,北京における生活用水・農業用水の供給源としての役割を果たした.什刹海周辺には農地が広がり,牧歌的は風景が広がっていた.元代に入ると運河の開拓が進み,什刹海は水運の拠点として栄えた.周辺地域には,物流網を背景とした商業地が形成された.明代には,什刹海の一部が皇居の範囲内に組み込まれたため,什刹海の物流機能が消失した.一方,風光明媚な湖岸には,貴族の邸宅や庭園,寺院が相次いで建設された.清代,什刹海は住民のための水辺空間として解放された.周囲には茶店や遊芸施設が建てられ,庶民の憩いの場となった.一方,中華民国時代には,戦乱の中で什刹海は荒廃した.屋敷や寺院は本来の機能を失い,行政機関や一般庶民の住宅へと転用された.中華人民共和国時代に入ると,什刹海の再整備が進んだ.2000年代に入ると,バーやレストランを中心とした遊興施設が相次いで立地し,什刹海は北京を代表する都市観光地の一つへと成長した.その一方で,環境破壊も顕在化した.

4. 什刹海の観光要素
結論として,什刹海の変遷と観光要素の関係をモデル化した.什刹海の変遷過程と観光化の間には,密接な因果関係が確認できる.什刹海が北京における生活用水・農業用水の供給源,水運の拠点,貴族の景勝地,庶民の憩いの場と変遷していく過程で,その周辺地域には,美しい風景,庭園,寺院,貴族の邸宅,庶民の住宅などが建設された.これらが今日,風光明媚な観光スポットやバー,レストランとして活用され,什刹海における重要な観光要素を構成している.
その一方で,什刹海の有する豊かな緑地空間や歴史・文化施設などは,いまだ観光資源として十分に活用されてはいない.現在の什刹海では,自然環境の破壊や,歴史的建造物の取り壊し,およびバー,住宅,事務所等への改築などが進んでいる.潜在的な観光要素を活用し,自然や歴史,文化の保護に配慮した持続的な都市観光地を築くことが,これからの什刹海の課題である.
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© 2009 公益社団法人 日本地理学会
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