抄録
I.はじめに
大規模な岩盤崩壊が発生した斜面では,崩壊以前から斜面内部において重力性変形が進行していた可能性が高い,ということが多くの研究によって指摘されている.しかし,その進行程度を評価することは極めて難しいため,具体的な崩壊予測の確立には至っていない.崩壊発生前には,斜面内部の重力性変形に伴い地表面にテンションクラックなどの前兆現象が発現される場合がある.したがって,そのような前兆現象の特徴と,その後に発生した崩壊の特徴(規模,運動様式)との対応関係を定量的データに基づき評価することは,崩壊発生の危険度評価の精度向上に繋がると考えられる.そこで,本研究では2004年5月に赤石山脈北部のアレ沢崩壊地内で発生した岩盤崩壊を例に,崩壊発生前後の空中写真判読と崩壊斜面の図化を行い,その前兆現象と崩壊特性について検討をおこなった.
II.調査地と方法
アレ沢崩壊地は,赤石山脈間ノ岳(3,189 m a.s.l.)の東斜面に位置する.地質は,四万十帯の砂岩頁岩互層からなり,地層の走向は北東―南西方向が卓越する.また,崩壊地周辺には,岩盤の重力性変形を示す山上凹地,山向き小崖,谷向き小崖が数多く存在する.
崩壊発生前後の空中写真(1976年,2003年,2004年)をスキャナーでデジタル化し,三次元数値化システムソフトを用いてオルソ画像と5 mメッシュDEMの作成をおこなった.以上のデータを基に,GISを用いて地形図の作成および崩壊斜面長,傾斜,崩壊面積と体積,崩壊深などの地形計測をおこなった.また,空中写真判読により,崩壊地縁辺部に発達するテンションクラックの分布図を作成した.
III.結果と考察
地形計測の結果から,2004年の岩盤崩壊は,崩壊面積6×104 m2,崩壊体積約8×105 m3(幅250 m,比高400 m,平均崩壊深13 m)の規模であった.崩壊した岩盤斜面頂部には,山上凹地がいくつか存在し,崩壊はそのうちの一つを境に発生したことが明らかになった.そして,崩壊発生前後の斜面プロファイルの比較から,崩壊の運動様式は約40°のすべり面に沿った岩盤すべりであったことが推測された.また,1976年~崩壊発生前年(2003年)の間に,崩壊地縁辺部に長さ数~数10 mのテンションクラックが新たに形成されていたことが確認された.したがって,岩盤崩壊が発生する少なくとも半年前には,地表面にその変化が現れる程度の重力性の岩盤変形が生じていたことが明らかになった.以上より,大規模な岩盤崩壊(105 m3オーダー)の発生前には,崩壊地縁辺部に空中写真で判読可能な規模のテンションクラックが形成される場合があり,詳細な空中写真判読により崩壊の前兆現象を抽出できる可能性があるといえる.