日本地理学会発表要旨集
2009年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: S205
会議情報

環境学習を基盤とした環境市民による地域づくり
*山本 佳世子
著者情報
会議録・要旨集 フリー

詳細
抄録

1.はじめに: 本報告は,環境学習を基盤とした環境市民による地域づくりに関する熊本県の2事例について紹介し,地域づくりにおける環境市民の可能性について示すことを目的とする. 2.水俣市における水俣病事件: 熊本水俣病はチッソを原因企業とし,主に1950年代からアセトアルデヒトの溶媒の有機水銀を含む工場排水が水俣湾と不知火海(八代海)を汚染したことによる公害である.原因企業や行政の対応により,水俣「奇病」は引き起こされ隠蔽されてしまったためにさらに被害が拡大したと言われ,患者は差別・疎外の対象,被害漁民はチッソと水俣のまちを破壊する暴徒としてみなされていた.そして1968年になってやっと国が水俣病を公害病として認定し,1996年に水俣病全国連絡会がチッソとの和解協定に調印した.水俣病事件は,患者が健康被害だけではなく生活環境における被害を受けたことと,子供や老人,妊娠中の女性などの身体的弱者や,貧困者,漁民などの社会的弱者に被害が集中したことに本質的な問題があったと広く認識されている. 水俣市,熊本県,国は,水俣湾と不知火海を望むことのできる場所に水俣病資料館,環境センター,水俣病情報センターをそれぞれ設置し,熊本県内はもとより国内外からの見学者に対して水俣病に関する情報公開と環境学習の場を提供している.特に水俣市の水俣病資料館では,水俣病患者有志による語り部制度により,希望者は直接的に当時の話をうかがうことができる.また水俣病事件によって崩壊した地域社会を再構築するために,熊本県や水俣市,水俣市民等による「もやい直し運動」が行われ,市民同士の絆が深められつつある.このように現在の水俣市は,水俣病事件の教訓を踏まえて「環境首都水俣づくり」を進めており,国内外の様々な地域から環境学習を目的として来訪した人々を受け入れることにより,世界的な環境学習都市となっている. 3.球磨川水系川辺川流域におけるダム建設問題: 1960年代の人吉球磨地方での水害を契機として,治水,下流域での農業用水確保(利水),水力発電を建設目的とした球磨川水系川辺川ダム建設計画を旧建設省が1966年に発表した.2003年には福岡高裁で土地改良事業(利水事業)に対して原告農家勝訴の判決が下され,農林水産省が最高裁への上告を断念し,判決は確定し利水事業は白紙となった.これ以降はほぼ全ての事業が中断されたままであり,2008年には熊本県知事が川辺川ダムの白紙撤回を表明した. 建設予定地の五木村では,1980年代頃から反対決議を取り下げ,ダム建設を前提とした村づくりを行ってきた.一方球磨川水系の特に下流域では,環境や漁業への影響,ダムによる洪水対策への不安,農業用水の増量が不必要になったことなどを理由として,ダム建設反対運動が1990年代から現在まで継続している.国が提示した漁業補償案に対して「川辺川を守りたい女性たちの会」は川辺川漁師と市民を結ぶ「尺鮎トラスト運動」を開始し,主にインターネットを利用して鮎などを販売して運動の支援を全国に呼びかけている.このように川辺川ダム問題が全国的に認知され,活動や支援の輪が広範囲に拡大した背景には,マスメディアに加えてインターネットが果たした役割が大きい. またこの問題については,川辺川が「日本最後の清流」と呼ばれているせいか,公共事業が実施された場合には将来的に多様な環境問題が発生する可能性や,未来世代に継承すべき環境について考慮する必要性が強く主張されている.そして当該地域内外の人々が参加した反対運動の趣旨には,公共事業を行わずに豊かな自然を未来世代に手渡したいという意志が込められている. 4.おわりに: 上記の熊本県の2つの事例については,地元新聞社のホームページに「水俣病百科」「考川辺川ダム」というニュース特集が掲載され,関連ニュースが常時更新されていることから,問題の継続性と人々の関心の深さがうかがえる.これらのような地域では,主に地域外居住者を対象とした体験型環境学習を実施するための場を整備することにより,地域環境に関わる人的資源の多様性を考慮して,多世代向けの職場や多世代間,地域内外の交流活動の場を確保することから,地域再生や活性化の試みを行うことが可能ではないかと考えられる.つまり,地域環境資源を活用し,公害や環境問題の経験と教訓を国内外の未来世代に伝える環境学習の場として,現在世代だけではなく未来世代のことも考慮した地域再生や活性化を図ることが期待できる.

著者関連情報
© 2009 公益社団法人 日本地理学会
前の記事 次の記事
feedback
Top