抄録
はじめに
社会主義時代における開発は,「20世紀最大の環境問題」としてメディアに頻繁に取り沙汰される「アラル海問題」に代表されるように,一般的・従来的には生態環境の破壊を招く過剰開発として理解される。しかし,決定的な生態環境の悪化・劣化は発生していないことと,環境問題が起こっていないということは同義ではない。問題の本質的理解のためには,実際に何が起こったかを冷静に見つめなおしていくことが必要である。
本研究では,カザフスタン共和国アルマトゥ州の現タルガル地区,エンベクシカザフ地区,チリク地区を対象とし,人びとの語りから,これまで歴史文献や統計に記録されることのなかった,社会主義時代後期における生活景観の変化を詳らかにする。さらに,社会主義時代の開発に対する従来的な理解の枠にとらわれず,環境史として社会主義的近代化を捉えなおすことを目的とする。
研究方法
本研究では,個人の生活レベルから見えてくる景観変遷を捉えるため,インタビュー調査を主たる方法として位置づける。これまで,2009年8月から1月にかけて3回の現地調査を実施し,のべ50人の方から,生活実態の変化,土地や水などの資源利用の変化に関するインタビュー調査をおこなった。同時に,アルマトゥ州国立公文書館や州統計局などで文献・統計調査を実施した。さらに, GIS上で情報を統合し地理学的考察を加えた。
対象地域の概要
対象地域では,ソ連時代にカザフスタンが経験した最も大規模な農業開発事業である処女地開拓事業(1954年~)の中心でこそなかったものの,イリ河に流入する支流群の豊かな水源に支えられて古くから農業がおこなわれ,処女地開拓事業と同時期にソフホーズが相次いで設立され,天山山脈北麓の山麓扇状地を利用した灌漑農地の開発が行われてきた。
本発表では,天山山脈の山麓扇状地に建設された“カザフスタン”という果実ソフホーズを事例として取り上げる。