日本地理学会発表要旨集
2009年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 415
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クリエイターの集積におけるネットワーク構造
「扇町クリエイティブクラスター」を事例に
*古川 智史
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抄録
1. はじめに
 本研究は、ソフト系IT、映像、デザイン、広告、出版などのクリエイティブ産業の担い手であるクリエイターを対象として、その取引ネットワークの地理的分布及び形成過程を検討するとともに、非取引ネットワークの機能を「産業クラスター」の視点から評価することを目的とする。
 地理学では、中小企業のネットワークを対象とする研究成果が蓄積されてきた。しかし、既存研究の多くは従来型の製造業を対象としており、近年、都市型産業として注目されているクリエイティブ産業を扱った事例は少ない。またクリエイティブ産業は、専門分野の異なる企業同士がネットワークを構築し、イノベーションを実現すると考えられているが、このことに関する実証研究はまだ少ない。これら2点を、本研究の問題意識としたい。
 本研究は、大阪市北区扇町地域を対象地域とし、クリエイター及び関連企業32社を対象として、2008年8月から11月にかけて、聞き取り調査及びアンケート調査を実施した。

2. 対象地域におけるクリエイター集積の推移と現状
 対象地域である扇町周辺のクリエイターの集積は、1970年代に形成された。受注先である広告代理店や印刷会社への近接性、大阪市内としては相対的に賃料が安かったことから、この地域にクリエイターが集中した。しかし、1990年代以降、業務のデジタル化、バブル崩壊後の不況、本社機能の東京移転などが重なり、クリエイターの事業所数はピーク時に比べて半減した。また業務のデジタル化は、クリエイター同士の人的な紐帯を弱める要因ともなった。こうした中で、大阪市の外郭団体である扇町インキュベーションプラザは、クリエイターの創業支援を行うだけでなく、クリエイター間のネットワーク再生を目的とする「扇町クリエイティブクラスター」構想を掲げ、人的な紐帯の強化を進めている。
 2008年現在、扇町周辺にクリエイティブ関連企業は計1,831社立地している。また従業員規模別にみると、10人未満の事業所が68.5%にのぼるなど小規模企業が多い。

3. 取引ネットワークの地理的分布と形成過程
(1)取引ネットワークの地理的分布
 まず、取引関係に基づくネットワークについては、垂直的ネットワーク(クライアントとのつながり)と、分業ネットワーク(クリエイター間の受発注関係)に大別できる。両者とも関西圏を中心としつつ、広域に及んでいる。取引ネットワークの広域化は、情報通信技術の発達に負うところが大きいと考えられる。しかし、分業ネットワークについては、相対的に北区内の比率が高くなっており、外注先との近接性が重視されていることを示している。
(2)取引ネットワークの形成過程
 クリエイターは、既存の人的関係を通じて、新たな取引ネットワークを形成する比率が高い。このように人的なネットワークは、取引先の選定に際してリスク回避の役割を果たしている。また、人的なネットワークの形成要因を地理的に見ると、地域内(大阪市内)ではMebic・交流会・個人的ネットワークなどが、また地域外(大阪府以遠)では非仲介(営業や情報媒体)・現職のネットワークなどが、それぞれ上位を占めた。このように、ネットワークの形成過程には地理的な差異が存在している。

4. 非取引ネットワークの特性
 クリエイター間の水平的ネットワークは、face-to-faceを前提とする近接性を重視する。こうした地理的集中は、取引関係のみならず、取引以外のコミュニケーションを深める役割を果たす。その第1は、クリエイター間での協業(コラボレーション)の促進である。こうした関係の中から製品の自主開発が進み、高い粗利益をもたらす契機となっている。第2は、クリエイター間での暗黙知の共有である。この点については、公的な場だけでなく、私的な会合も重要な役割を果たしており、他者との会話から仕事のヒントを得る、あるいは相互に触発されるなどの効果も指摘された。第3は、クリエイター間のクチコミ効果である。各クリエイターは、ネットワークの中で肯定的評価を受ければビジネスチャンスが得られる反面、否定的な評価は淘汰に直結する。こうしたスクリーニング効果は、優れた事業所を選択的に残す点で、集積そのもののブランド化に寄与していると考えられる。
 以上のように、分析対象とした扇町地域では、専門分野を違えるクリエイターが高密度に集積し、face-to-faceのコミュニケーションを維持するとともに、取引関係だけでなく、協業を通じたイノベーション、暗黙知や刺激の共有を実現している。このことから、いわゆる「扇町クリエイティブクラスター」は、産業クラスターとして機能していると評価できる。また、こうしたネットワーク構築に対する公的セクタ(Mebic)の役割の重要性についても確認できた。
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© 2009 公益社団法人 日本地理学会
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