日本地理学会発表要旨集
2009年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 514
会議情報

2000年以降におけるハウスミカン産地の変容
大分県杵築市奈狩江地区の事例
*助重 雄久
著者情報
会議録・要旨集 フリー

詳細
抄録

_I_ はじめに
 ハウスミカンは、慢性的な価格低迷に陥った露地温州ミカンに代わる収入獲得手段として露地温州の後発産地を中心に栽培が拡大した。ハウスミカンの販売価格は1990年代半ばまで高値で安定していたが、全国生産量の増加とともに下落しはじめた。さらに2000年以降は原油価格の上昇に伴って、燃料用A重油やビニール等の資材価格が上昇し続けた。とりわけ2008年の原油価格急騰は生産者の経営に大きな打撃を与えることとなった。
 一方、多くのハウスミカン産地では栽培拡大期から20~30年を経て生産者の高齢化、ハウスの老朽化、老木の樹勢低下や枯死が問題となってきた。さらに近年では、石油由来製品を大量に使用する農業への批判の声が高まり、ハウスの更新や規模拡大も難しくなってきた。
 上記のように、ハウスミカン産地をとりまく環境は年々厳しくなっている。本報告では、1990年代から継続的調査をしてきた大分県杵築市奈狩江地区の生産農家17戸の動向を中心に、厳しい生産環境下におかれている産地の変容を考察していく。
_II_ 杵築市農協管内での生産動向
杵築市農協全体のハウスミカン生産者数は1992年の172戸をピークとして減少に転じ、2001年には132名となった。一方、栽培面積や選果場の荷受数量も1990年代半ばから減少に転じたが、規模拡大を図る生産者もいたため2001年まで40ha台、2,000t台を維持してきた。
2002年には杵築市農協と杵築開拓柑橘生産組合が合併した。また、同年には専門農協「おおいた中央柑橘園芸農業協同組合連合会」も設立され、柑橘生産・出荷の広域化が図られた。この時点で杵築市農協管内の生産者数は161名、栽培面積は56.2ha、荷受数量は2,493tとなったが、2006年には生産者数が139名、栽培面積が37.5ha、荷受数量が1,552tまで減少した。
_III_ 高齢生産者の離脱
ハウスミカン栽培の衰退要因としては、生産者の高齢化があげられる。杵築市では「柑橘興市」をスローガンとして1960年代後半に露地ミカン栽培の拡大を図ったが、新植園の初収穫以前に露地ミカンの価格が暴落した。このため、当時30~40歳代であった生産者の多くは、緊急的な収入獲得手段として露地園のハウス化を図った。初期にハウス栽培に着手した生産者は1990~2000年代にかけて世代交代の時期を迎えたが、初期に建設したハウスの老朽化や老木化が進み、これらの更新も必要となった。しかし初期のハウスの多くは傾斜地の露地ミカン園をハウス化したものであったため、建て替えや改植を行う場合は造成工事などに莫大な費用を必要とした。このため、栽培規模が小さく後継者が他産業に就業している農家の多くは、高齢生産者の引退を機にハウスミカン栽培から離脱した。
_IV_ 原油価格上昇による生産の変化
 燃料用A重油の価格は1999年には1リットル30円前後であったが、2002年には40円、2008年には90円となった。また2008年には資材費や肥料代も約50%上昇した。多くの生産者によれば、重油が1リットル90円、10aあたりの重油使用量が20キロリットル、平均販売金額が前年並みとして計算すると、2008年の収益はほぼゼロになり経営努力による改善の余地もないという。ハウスミカン栽培を続けてきた生産者の対応は、このような厳しい経営環境のもとで大きく3つに分かれた。
1)スナップエンドウへの部分転換
生産者の一部はスナップエンドウ栽培に着手し、当面の収益確保を図った。スナップエンドウは嗜好品であるミカンに比べて経費上昇分を価格に転嫁しやすい。しかし_丸1_消費者への知名度が低い、_丸2_柑橘に比べ手間がかかる、_丸3_栽培に関するノウハウが十分蓄積されていない、_丸4_家族労働力が少ない場合は収穫時に雇用が必要となる、といったデメリットもある。このため、家族労働力が多い生産者がハウスミカンの一部を転換するにとどまっている。
2)露地栽培への部分回帰
 杵築市では環境問題への関心が高まるとともに、ハウスミカン栽培への批判も生じた。このため、パイロット事業で造成しながら短期間で廃園となっていた露地園地を2002~2004年に遊休農地解消総合対策事業等で再造成し、10.8haに露地温州ミカンを植栽した。この事業に参入した生産者にとっては、露地の価格低迷時とは逆に、露地温州ミカンが緊急的な収入獲得手段となっている。
3)ハウスミカン栽培の継続
大部分の生産者は、一部のハウスを無加温や加温期間の短い中晩柑に転換しつつも、現状維持の姿勢を貫いている。これらの生産者は_丸1_重油価格が1リットル82円となった時期を乗り切った経験があること、_丸2_原油価格がこのまま高値で推移するとは考えていないこと、_丸3_永年性作物であり一旦伐採すれば回復が困難なこと等を現状維持の根拠としてあげている。

著者関連情報
© 2009 公益社団法人 日本地理学会
前の記事 次の記事
feedback
Top