日本地理学会発表要旨集
2009年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 607
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岐阜県古川町杉崎における断層露頭とその意義について-その1
*楮原 京子黒澤 英樹小坂 英輝石丸 恒存
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抄録

1.はじめに
 今回報告する断層露頭は,岐阜県飛騨市古川町杉崎で行われたバイパス工事に伴う斜面の開削によって出現したものである.杉崎は跡津川断層帯と高山・大原断層帯の中間に位置する(図1).跡津川断層帯は,主に中・古生代の飛騨変成岩類・船津花崗岩類,後期中生代~前期白亜紀の手取層群を切る,延長60km以上の長大な活断層である.跡津川断層沿いでは,断層を横断して北流する小鳥川,宮川,高原川の流路が系統的に右横ずれし,最大変位量は約3kmにおよぶ.跡津川断層の北西には,断層の走向と平行な定高性を持つの山地が広がり,前述の河川は,この山地を峡谷をなして流下する.
 一方,高山・大原断層帯は,北東-南西方向に延長20km程の数多くの断層によって構成される.その分布範囲は約40km四方におよび,それぞれの断層に沿って直線状の谷を形成するほか,支谷の屈曲が認められる.また,宮川,高原川の河谷は広く,高山盆地をはじめとする山間盆地が発達するため,跡津川断層帯地域との地形的特徴(起伏や開析程度の違い)の違いが明瞭である.
 露頭で出現した断層は,「新編日本の活断層」(活断層研究会,1991)で確実度IIIとされた断層(以下,太江断層と呼ぶ)にほぼ一致する.また,地質図上では,中・古生代の飛騨変成岩類・船津花崗岩類と後期中生代~前期白亜紀の手取層群を境する断層と解釈されている(野沢ほか,1975).一方で,近年に発行された活断層図では,活断層と見なされておらず(中田・今泉,2002),この断層の性状に関しては不明である.そこで演者らは,本断層の性状とその活動性を明らかにするために,空中写真判読と露頭周辺の地表踏査,および断層露頭の観察を行った.ここでは,太江断層の地形的特徴について報告する.

2.太江断層の地形的特徴
 空中写真判読と地表踏査の結果,太江川流域の段丘面は大きく2つに区分された.低位の段丘面(II面)は谷底平野に広く分布し,太江川の側刻と移動によって多段化している.また,高位の段丘面(I面)は下太江から杉崎にかけて北側の山地から張り出す扇状地性の段丘面である.II面との比高は約20mである.また,この河谷北側の山麓には三角末端面が発達し,太江川と山田川は,神原峠を谷中分水界とする対頂谷をなすなど,活断層の存在を示唆する地形が多く認められる.さらに,地点数は僅かであるが,数m程の谷の屈曲(右横ずれ)や扇状地面上(I面)に南側への撓みが認められる.
 以上のことから,太江川の河谷は断層谷であり,太江断層は北側隆起を伴う右横ずれ断層であると判断される.また,その断層トレースは杉崎から東北東-西南西方向に太江川の谷底平野北縁に沿って神原峠を越え,神岡町柏原まで追跡できる.

3.考察とまとめ
 跡津川断層帯を構成する断層は,北西隆起を伴うことが知られている.一方,大原-高山断層帯を構成する断層は,跡津川断層ほど明瞭ではなく,隆起の向きにばらつきがあるものの,大局的には南東隆起を示す.こうした変位様式の違いは,本地域の地形に表現されており,本地域の活断層のグルーピングを検討する際の1つの指標になりうると考えられる.そうした場合,太江断層は,跡津川断層帯に属し,その南縁を限る活断層と推察される.
 本断層のグルーピングに関しては,地質調査や物理探査を行うなど,本地域の地下構造とあわせて吟味する必要があるが,飛騨高原など山間部に発達する活構造の連続性を検討する上で,本断層の構造を理解することは重要である.今後,本断層ならびに周辺地域における積極的な調査研究を進めていきたい.

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© 2009 公益社団法人 日本地理学会
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