日本地理学会発表要旨集
2010年度日本地理学会秋季学術大会
セッションID: S1404
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空間・情報・人間をつなぐ学問としての地理情報科学
*石川 徹
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抄録

 空間と人間は、自然地理・人文地理という名称が示すように、一貫して地理学の主要な研究対象である。また、1960年代ごろからは、空間における人間の認知と行動という問題も、地理学の重要な考察対象となってきた。人間の行動は、物理的空間とともに、人間がとらえる空間(心理的空間)によることが理解されてきたためである(Golledge and Zannaras 1973)。
 一方、地理情報科学という学問分野が一般的に認知されるようになってから、20年ほどがたつ(Goodchild 1992)。地理情報の取得、管理、分析、表現に関わる諸問題を系統的に扱うこの分野においても、人間の認知的側面の重要性が最近注目されるようになってきた(National Research Council 2006)。空間あるいは空間に関する情報だけでなく、空間の中で行動する人間や空間の情報を利用する人間と、その認知プロセスを見ていこうという考え方である。
 このような背景を念頭に置き、本発表では、地理情報科学を空間・人間・情報の関わりという観点からとらえ、これらの関係を扱った研究について紹介する。
 まず最初に、私たちが日常生活を送っている空間(大規模空間、都市空間)の認知に関する研究を紹介する。このような大きなスケールの空間の知識を得るためには、個々の地点で獲得した知識をひとつの「地図」のようなものにまとめ上げなければならない。そのため、空間の位置関係を2次元的に把握することは、空間知識の獲得過程において大きなステップであり(Montello 1998)、「頭の中の地図」の正確さに関しては非常に大きな個人差があることが最近の研究でわかっている(Ishikawa and Montello 2006)。新しい場所でも周辺の知識が正確に「地図」の形で頭の中に入る人がいる一方で、このような地図状の知識は獲得されない人もいる。また、場所の経験を重ねるにしたがって知識の正確さが向上する人も見られる。このように、同じ物理的空間にいながら、人々がとらえる場所の知識に大きな個人差があることは、実際面でも大きな意味をもつと考えられ、それらの応用的示唆についても議論する。
 つぎに、場所に関する情報の提示法について、利用者の位置把握の程度に与える影響を調べた研究を紹介する。具体的には、言葉を用いた場合、および地図と写真を用いた場合で、空間能力・方向感覚が高い人と低い人の空間行動がどのように違うかを調べた実証研究を見る(Ishikawa and Kiyomoto 2008; Ishikawa and Yamazaki 2009)。言葉による場所情報の提示については、絶対参照系(東西南北)または相対参照系(前後左右)を用いたルート案内を対象とし、それぞれを用いた場合の歩行時間・距離・速度や迷って立ち止まった回数などを比較した。地図と写真による場所情報の提示については、携帯端末の画面サイズのものを対象とし、地下鉄の地上出口において、それぞれを用いて目的地までの案内をした場合での位置把握の正確さおよび判断の速さを比較した。これらの実験から、絶対参照系および地図を用いたルート案内は、とくに方向感覚・空間能力の低い人にとって難しいことがわかった。以上の結果が、最近普及が目覚ましい位置情報サービスやナビゲーションシステムの開発に与える示唆についても議論する(Ishikawa et al. 2008, 2009)。
 最後に、空間と情報の結び付きを少し違った視点からとらえたものとして、ユビキタスコンピューティング技術を実空間に応用した各種取り組みについて紹介する。具体的には、実空間と仮想空間を融合し、状況に応じた情報提供を可能にするという「ユビキタス」の目標を紹介し、場所情報を社会基盤(インフラ)として整備する取り組みを見る(坂村 2006)。また、これに関連して、都市の基盤施設(公物)の情報を、「場所」をキーとして整備・管理する取り組みを紹介し(石川 2009, 2010)、将来の「ユビキタス空間情報社会」についての展望をおこなう。

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