抄録
本研究の目的は,職業高校の卒業学年に行われている課題研究でのGIS活用の事例を紹介するとともに,GIS教育の可能性について検討することである.本研究では富山西高校の土木科でGISを活用して行われた2002年度以降の課題研究を分析することを通じて,初等中等教育でのGIS教育の可能性を検討する.
これまでのGIS教育の研究では主に社会科や地理歴史科などの授業での活用事例の分析や活用の可能性について検討がなされてきた.しかし,工業科や商業科など職業高校の3年次で行われる「課題研究」で地域を調査したりGISを活用する事例がみられる.そこで行われる授業でのGIS活用の詳細を紹介するとともに,普通高校でのGIS教育のあり方を考える.
富山西高等学校の土木科がGIS教育に取り組むことになったきっかけは_丸1_測量士補試験でのGISに関する出題,_丸2_ESRIジャパンの小中高等学校に対する年間20校のArcGISの無償貸与のプログラムの存在である.
GISを活用した課題研究は毎年2学期から始まり,4~5名の共同作業で実施する.課題研究は2学期の始めから1月中旬までで,毎週2日,各3コマ(1コマ50分)の週6コマを授業時間として利用するため,GISを活用する時間を十分に確保できる.
2002年度以降,高校のある旧婦中町(現富山市)を事例地域としてバリアフリーや防災をテーマとした課題に取り組んでいる.
2005年度は次のような時間数でGISを活用した地域調査について実践された.
1)GISとは何かを調べる(6コマ)
インターネットでGISについて生徒たちが調査した.
2)課題の設定(15コマ)
自分で取り組みたい研究テーマについてまとめ,その結果をグループで発表し合い,テーマを一つに絞る.2005年度は「婦中町の防災まちづくり」になった.
3)実地調査と地図整理(30コマ)
次のような実地調査を行った.(1)高校生の防災意識調査,(2)高校周辺の防災設備,(3)高校周辺の構造物の種類.
4)GISテキストによる演習(6時間)
ESRIジャパンの発行するGISワークブックを利用し,GISの基本的な使用方法を学習した.
5)GISデータの入力(36コマ)
授業が後半にさしかかり, GISにデータの入力が行われた.(1)婦中町の基図編集(9コマ),(2)建物データ入力(6コマ),(3)ポイントデータ入力(9コマ),4)
道路データ入力(6コマ),(5)レポート作成(6コマ).
初年度の学生たちは旧婦中町の市街地の街区や道路のデータを構築したこともあり,それ以降はその地図を基図として地図を更新することで,様々な分析をおこなうことができた.
踏査調査データのGISへの入力は時間のかかる困難な課題であり,社会科や地歴科の中で行うのは困難である.課題研究という多くの時間数を費やすことのできる授業であるため,この作業を行うことができた.
そして,避難所の分布の偏りや避難所空白地の把握,震災時の建物倒壊などが集中する地域を地図に表し,旧婦中町地域の防災に関する提案を行うことができた.
これまで「GISは児童・生徒にとって決して難しいツールではない」ということが強調されてきた(谷ほか,2002).確かに,用意されたデータを表示するだけであれば難しくはない.しかし,フィールド調査に基づく,自由度の高い主題図を描き分析しなければならない場合は,社会科や地理では十分に時間を用意することはできない.普通科でのGIS活用は,教師の教材作成や生徒が統計を利用した主題図作成などが時間数から考えると限界のようにも思える.
ただ,GISを活用する教育は授業時間数をふんだんに利用してコンピュータの前で行うものだけではない.地理的なものの見方や考え方を養うことがGISの有用性を認識することにつながるので,それもGIS教育と考えることができる.現在の中学社会や高校地理の時間数を考えると,ここで取り上げた課題研究のように綿密な地域調査とGISでのデータの分析を行うのではなく,地域調査の課題の設定や調査や地図を有効に活用したデータの分析方法などの理解を促すことにあるのではないだろうか.GISの操作ができることと,地理的な思考で空間的な問題を考えることは別のことである.このような議論はこれまでも数多くなされてきたが,GISが社会の中で浸透しつつある今,改めてこのことを念頭に置いて,初等中等教育でのGISの活用方法を考える必要があるのではないだろうか.