1.研究の背景
本報告の目的は,高齢化の進む大都市郊外の住宅団地を事例に,高齢者の栄養問題と地域コミュニティとの関係を,地理学,社会学および栄養学の視点から分析することにある.
数キロ離れたスーパーまでカートを引きながらトボトボと歩くお年寄りたちの後ろ姿.最近,こうした映像を使いながら買い物弱者,買い物難民を取り上げるマスコミが増えている.買い物弱者や買い物難民とは,中心商店街の空洞化などにより最寄りの買い物先を失い,長距離移動をせざるを得なくなったお年寄りたちを意味する造語である.2010年5月14日には,経済産業省の審議会「地域生活インフラを支える流通のあり方研究会」が調査をまとめ,買い物弱者は全国で推定600万人に達すると報告した.日本における買い物弱者,買い物難民報道は,フードデザート(食の砂漠:Food Deserts,FDsと略記)問題の一側面を意味するものである.
2.フードデザート問題
そもそもFDsとは,都市構造の変化の中で生じる,食をはじめとした社会インフラの空白地帯を意味する.FDs問題は,こうした地域に集住する社会的弱者の生活環境悪化問題であり,社会的排除問題の一部と位置づけられる.少子高齢化と中心商店街の空洞化がすすむ今日の日本では,街なかに住むお年寄りの買い物先の消失が問題視されている.これまで,発表者グループも,地方都市や過疎山村を事例に高齢者の買い物環境と健康問題(低栄養問題)の調査を進めてきた.しかし本来,FDs問題は社会的排除問題を内包する複雑な問題であり,その被害や発生要因は多種多様である.高齢者の足を生鮮食料品店から遠のかせる要因は,物理的距離の拡大だけではない.近年,都市社会学や栄養学の分野では,貧困の拡大やコミュニティからの孤立などが,健康食生活への興味関心の低下,すなわち高次生活機能「知的能動性」の加齢低下を促し,低栄養問題を拡大させるという可能性が指摘されている.なかでもコミュニティからの孤立の影響は大きい.FDs問題を解明するには,単に買い物弱者,買い物難民の視点だけではなく,社会的排除問題を念頭に置いた包括的な視点から問題を捉える必要がある.
3.研究対象地域
研究対象地域は,東京都板橋区高島平団地である.同団地は板橋区の北西部,高島平2~3丁目に位置する総戸数10,170世帯,人口20,022,高齢化率32.9%(2009年10月1日現在)の大規模団地である.首都圏における宅地不足の解消と良好な居住環境の確保を目的に,1967年から72年にかけて日本住宅公団(現UR都市機構)によって開発された.開発当時人口3万を上回った高島平団地には,16階建ての高層集合住宅が林立し,商店街や病院,区役所出張所,銀行,小中学校および高等学校,図書館,警察署,消防署などの生活関連施設も併設された.しかし,現在では団地住民の子供世代の外部転出や人口の高齢化が顕在化している.また,高齢者のひきこもりや孤独死問題も深刻である.同団地は,いち早く超高齢化社会に突入した「日本の縮図」として注目されている.
今回の発表では,2010年3月に実施したアンケート調査,および同年7月~8月に実施した聞き取り調査をもとに,同団地に居住する高齢者世帯の買い物状況や栄養事情(食品摂取の多様性)と,コミュニティ活動(社会活動指標など)との関係を報告する.
主要文献
熊谷修ほか.2003. 地域在宅高齢者における食品摂取の多様性と高次生活機能低下の関連.
日本公衆衛生雑誌50.1117-1124.
Linda, F. A. and Thomas, D.D., 'Retail stores in poor urban neighborhoods',
The journal of consumer affairs, 31-1, 1997, pp. 139-164.
Wrigley, N., Warm, D. and Margetts, B., 'Deprivation, diet, and food-retail access: findings from the Leeds ‘food deserts’ study',
Environment and Planning A, 35-1, 2003, pp. 151-188.
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