日本地理学会発表要旨集
2010年度日本地理学会秋季学術大会
セッションID: S1407
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クリティカルGISと日本の『空間情報社会』
*西村 雄一郎
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抄録
 インターネットを通じたデジタル地図の利用が急速に拡大し,カーナビや携帯電話による位置情報サービスが普及するなどGISがもたらす社会への影響が増大するにつれて,GISと社会との関わりが重要なテーマとして浮上してきた.英語圏の地理学では,社会理論からみたGISの諸問題が1990年代以降,活発に議論されてきた(矢野2000,若林2001,『空間・社会・思想』特集(第7号, 2002),人文地理学会地理思想研究部会2007).こうした動きは「クリティカルGIS」(Schuurman 1999, 2000, 2006)と呼ばれている.クリティカルGISとは,「社会理論,STS(科学技術社会論Science, Technology and Society),哲学に依拠しながらGISの技術と原理を評価するアプローチ」(Schuurman, 2006: 726)であり,「GISの開発と利用にまつわる社会的・政治的意味合いを扱う地理情報科学の一分野」(Kwan 2008a: 56)として位置づけられる.すなわち,1990年代に行われたGIS派と社会理論派の間の批判・論争を経て,地理情報科学に関心をもつ研究者によってGISの技術や原理を批判的に再考する内在的な運動として捉えられる(Schuurman, 2004: 49)(若林・西村2010).
 クリティカルGISは, 米国NCGIA(国立地理情報分析センター)の Initiative 19(I-19)「GISと社会」で提示された七つのテーマを中心に展開されてきた(Sheppard 2005)が,特に2.コミュニティと草の根の視点と生活世界のためのGISの有効性,4.GISのジェンダー化,5.GIS,環境的公正environmental justice,ポリティカル・エコロジーに関する研究事例は参加型GIS(Participatory GIS (PGIS))として,7.新しいタイプのGIS(GIS/2)はPGISを実践するためのツールとして開発が進展しており,欧米での研究が最も多く蓄積されている(若林・西村2010).
一方日本では,こうしたクリティカルGISの動向をふまえた具体的な研究や実践は明確でない.このことは,日本のGIS研究において地理情報科学が一面的に理解されてきたことが影響している.  日本における参加型GISの進展においては,政府の影響が大きい.2007年の地理空間情報活用推進基本法の立法化に先だって,2003~2005年度国土交通省によってGIS利用定着化事業が進められた.『GISは,行政,産業活動,国民生活の幅広い分野において,これまでの諸活動を効率化・迅速化するとともに,従来にはない新しい質の高い様々なサービスを生み出しうる技術である』(地理情報システム(GIS)関係省庁連絡会議(2002年2月))との認識の下,「国民生活にかかわる様々な場面において,利用者属性等のタイプ (分野)別に設定したテーマ毎に,多数の一般ユーザーによる利用等を通じて…利便性の向上や国民生活の質の向上を生活感覚で明らかにし,社会と生活へのGIS 利用の定着を図る」(http://nlftp.mlit.go.jp/gis/cyu02jigyou.pdf)ことを目的とするものであった.この事業においては「GISと市民参加」がその中心題目に掲げられ,防災,防犯,環境,バリアフリーといった分野で実証実験が行われた(GIS利用定着化事業局 2007).  専ら政府・行政の側から市民利用のGISの普及と定着に関する振興事業・支援策が行われているというある種の皮肉な状況が,日本における現在の参加型GISの形態を決定づけるものとなっている.英語圏のPGISは周縁化された人々のためのエンパワメントを主要な目的のひとつに掲げ,政府や企業などデータを占有し,自らの利益に向けた計画をGISに基づく『客観的』な地図として表象する動きに対して,ローカルコミュニティ,土着の人々,エスニック・マイノリティが対抗マッピング(counter-mapping)を行うことで,ローカルな課題解決に向けた意思決定過程での合意形成を行う手段として位置づけられているが,このような利用の仕方は日本においては表面化していない.また,こうした利用を下支えするような技術(FOSS4G, open street mapなど)の利用,GIS教育,行政情報の公開など考えるべき課題は多い.

文献
若林芳樹・西村雄一郎「『GISと社会』をめぐる諸問題-もう一つの地理情報科学としてのクリティカルGIS-」地理学評論.2010(平成22).83-1,60-79.
著者関連情報
© 2010 公益社団法人 日本地理学会
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