日本地理学会発表要旨集
2010年度日本地理学会秋季学術大会
セッションID: S1704
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生物多様性からみた湿地としての琵琶湖
*西野 麻知子
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抄録

1.古代湖としての琵琶湖
琵琶湖は、古琵琶湖から数えて約400万年、現在の湖盆が形成されてからでも40数万年の歴史を有し、日本最大で最古の湖である。現在分かっているだけで61種の固有種が生息する世界有数の古代湖でもある。
ただ、それぞれ2500万年、1千万年の歴史を有するロシアのバイカル湖やアフリカのタンガニィカ湖と比べると、湖の歴史は浅く、湖盆も小さい。固有属は僅か2属、固有種の大部分は1属1種で、分化の程度は低い。唯一の種群と考えられるのは、15種の固有種を擁する巻貝類のビワカワニナ亜属のみである (Nishino and Watanabe, 2000)。
一方、琵琶湖の在来種数は極めて豊富で、報告されているだけで千数百種の動植物が生息し、日本の純淡水魚の3分の2、淡水貝類の40%、水草(抽水植物、浮葉植物、沈水植物)の約2分の1が生息する(西野、2009)。また固有種の75%が貝類と魚類で占められている。

2.湿地としての琵琶湖
 固有種の存在とともに琵琶湖の生物相を特徴づけるのは、周辺内湖や下流の巨椋池(干拓で消失)や淀川の存在である。これら水域の水辺にはヨシ帯が卓越し、水深が浅く、富栄養で生産性が高い。琵琶湖と一部共通しつつも、やや対照的な生物群集がみられる。これらの水域を特徴づけるのが、ヨシ帯を利用する魚類であり、水辺に生育する植物である。
明治初期の内湖面積は35.13km2で(東、2009)、琵琶湖も含めた当時の水深2m以浅の水面面積は75kmに上ったと推測される。これは現在の琵琶湖面積669.23km2の11%に相当する。その周囲には、一時的水域としての水田が広がり、初夏から夏にかけて在来魚の繁殖場となっていた。
現在、内湖の85%は干拓で消失し、ほ場整備された農地面積は40km2以上に上る。しかし、今も在来魚種のほぼ半数の種が残存内湖で確認され、貴重な水辺植物が内湖とその周辺の水田などに多数生育している。複数の在来魚類は、琵琶湖と水田を含むこれら周辺湿地の両方を利用しており、生活史の中で多様な環境を利用している。

3.生物多様性の危機
琵琶湖では、富栄養化の指標とされる透明度やクロロフィル量は、北湖・南湖とも長期的に減少し、水質は改善傾向にある。一方、2006年に発行された滋賀県版レッドデータブック(以下、RDBとよぶ)では、琵琶湖固有種の62%、固有魚類では73%もの種が絶滅危惧種、絶滅危機増大種、希少種に指定され、これら指定種の割合は2000年版RDBより10ポイント以上も増加した。 滋賀県RDB の上位3カテゴリーの在来魚種では、生存に対する最大の脅威は外来魚のオオクチバス、ブルーギル、次いで多かったのが河川改修や湖岸改変、ほ場整備などの人為的地形改変や湖の水位操作だった。一方、上位3カテゴリーの貝類では、外来魚はゼロで、水位操作が脅威と考えられている種が最も多く、次いで湖岸改変や農薬等の有害物質による水質汚染、さらに河川改修、ほ場整備、乱獲の順だった(西野、2009)。
河川改修や湖岸改変、ほ場整備は、洪水など自然災害を防ぎ、効率的に土地の生産性を高めてきたが、その多くは大規模な地形改変と土地利用の変更を伴っていた。1992年に制定された瀬田川洗堰操作規則も、湖水位が本来上昇すべき梅雨期に下げることで、氾濫原環境を失わせる方向に働いた。琵琶湖と周辺の湿地環境は、面積が激減するだけでなく、大きな地形改変も伴ってており、今後どのように面的、地形的な回復を図るかが大きな課題といえる。

4.引用文献
東善広(2009)明治時代地形図からみた湖岸地形の変化.西野麻知子(編)「とりもどせ!琵琶湖・淀川の原風景」.サンライズ出版.pp.61-66.
西野麻知子(編)(2009) とりもどせ!琵琶湖・淀川の原風景.サンライズ出版.286pp.
Nishino, M. and N. C. Watanabe (2000) Evolution and endemism in Lake Biwa, with special reference to its gastropod mollusc fauna. Adv. Ecol. Res., 31: 151-180

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