抄録
課題
沖縄県の出生率は、少なくとも沖縄県が日本に復帰して以降、都道府県別にみればもっとも高い値を示す。2009年のTFRは全国の1.37に対し、沖縄県は1.79であった。
沖縄県の高い出生率の背景に夫婦の出生力の高さがあることは知られているが(例えば西岡・山内2005)、さらに踏み込んだ検討はほとんどなされていない。こうした中で、Nishioka(1994)は、1979年に沖縄県南部地域で行われた調査データをもとに、沖縄県の夫婦の出生力が高いのは家系継承者として父系の長男に固執するという家族形成規範があることを実証した。同研究は沖縄県にみられる出生行動とその要因を指摘した重要な研究といえる。しかし、近年の沖縄県の出生率が低下傾向にあることを踏まえるならば、現代の沖縄県の出生率の高さを沖縄県特有の家族形成規範で説明できるのかどうか慎重であるべきだろう。
以上を踏まえ、本研究では沖縄県南部の都市的な地域と農村的な地域で調査を実施し、その結果に基づいて、近年の沖縄県における夫婦出生力の高さの要因について検討する。
方法
出生行動を把握するための独自のアンケート調査を実施し、その結果を分析する。アンケート調査は調査員の配布・回収による自計式とし、20~69歳の結婚経験のある女性を対象とするものである。調査Aは沖縄県南部のA町の複数の字の全世帯(調査時点で1,838)を対象として2008年10月下旬から11月中旬に、調査Bは沖縄県那覇市のB地区の全世帯(調査時点で2,130)を対象として2009年10月下旬から11月中旬にそれぞれ実施した。
結果
調査では地区内の全世帯に協力を依頼し、協力を得られた場合は20~69歳の結婚経験のある女性の有無を尋ね、該当者がいる場合、調査票を配布し、回答を依頼した。A調査では配布数1,127に対し有効回収数は946(83.9%)、B調査では配布数1,050に対し有効回収数は818(77.9%)であった。
分析対象とした調査票は、有効票のうち、Nishioka(1994)との比較可能性を考慮し、夫婦とも初婚であり、調査時点で有配偶であること、子どもの数とその性別構成が明らかであること、さらに複産・乳児死亡を含まないという条件を満たすものとした。サンプル数はA調査が706、B調査が636である。分析の結果は以下の通りである。
(1)45~49歳時点の既往出生児数と理想子ども数の平均をみると、いずれも全国より高く、両者には正の相関がみられた。また、1979年時点では既往出生児数が理想子ども数を上回っていたが(Nishioka1994)、A調査やB調査では既往出生児数が理想子ども数を下回っていた。
(2)かつてみられた強固な男児選好は弱まっていたが、夫ないし妻が位牌を継承した(或いは予定のある)ケースでは男児選好が強く、多産の傾向がみられた。また、都市的地域を対象としたB調査では農村的地域を対照としたA調査に比べ男児選好は弱く、子ども数も少なかった。
(3)1979年の調査では、子どもが女児のみの場合には全員が4人目や5人目の子を生んでいたが(Nishioka1994)、A調査やB調査ではそうした傾向は弱まっており、理想子ども数の影響が強くなっていた。
以上から、沖縄県の夫婦出生力に与える家族形成規範の影響は弱まりつつあるが依然として効力をもつこと、家族形成規範が夫婦出生力に与える影響は沖縄県内でも地域差があること、近年は家族形成規範よりも理想子ども数の影響が強まっていることが明らかになった。近年の沖縄県の夫婦出生力の高さは、家族形成規範の影響が弱まる中で理想子ども数が多いために生じているといえよう。