抄録
1.はじめに
ベトナム北部に位置する紅河デルタ平野の地形は自然堤防や旧河道の発達する西氾濫原,潮汐作用が卓越し完新世段丘や潮汐低地の見られる東氾濫原,波浪の影響を受ける南部の浜堤列平野の大きく3つに分類される.首都ハノイを含む西氾濫原は完新世の最大海進時における海岸線の内陸限界付近で,現在では紅河や支流の堆積作用で複雑な河成地形が発達している.
これらの河成地形は主に以下の三つに分類される.(1)西氾濫原の西端を流れるダイ川に沿う自然堤防と旧河道群は,紅河との分流地点から大きく蛇行し,いくつものポイントバーを形成して,中流部にむかって蛇行帯を収束させていく.(2) 紅河本川に沿う蛇行帯はハノイ付近で幅10kmにも及ぶ巨大な自然堤防を流路に並行させ,浜堤列地域にまで長く発達している.ダイ川と紅河本川の自然堤防は標高7−10m,堤内地との比高差は5−7mに及ぶ.(3)両河川に挟まれた氾濫原に形成された,クレバススプレイなどの破堤地形や小規模な自然堤防と旧河道および後背湿地は標高約2-5m程度である(船引ほか,2006).
本研究では既往研究で得られた空中写真判読結果に加え,河床縦断面形を描き,SRTMのDEMデータを用いて自然堤防の体積を計算した.さらに現地調査で得られた年代試料の測定結果を用いて,これらの自然堤防がいつどのように形成されたのかを明らかにすることを目的とした.
2.河床縦断面形と自然堤防の体積について
ダイ川と紅河本川の河川縦断面形を作成したところ,ダイ川は紅河の10分の1程度の流量しかないにもかかわらず,紅河よりも河床が高く傾斜も緩やかであることが分かった.これはダイ川が紅河に比べてかつて流量が多かった時期があり,巨大な自然堤防を形成していたことを示す.ダイ川沿いの自然堤防は現在では土砂供給量がほとんどないために,段丘化が進んでいる.
3.年代測定結果について
自然堤防帯とその周辺から採取した試料の放射性炭素年代測定の結果,これらの自然堤防帯の大部分は完新世中期までに形成されており,約5000年前以降はその表層に2-3m 程度しか堆積していないことが分かった.ダイ川流域から西氾濫原一帯には約5000年前の新石器時代の遺跡や,約3000−2000年前の青銅器時代の遺跡が広く分布している.自然堤防から得られたサンプルの堆積曲線はこれらの遺跡の年代と標高にも一致しており,自然堤防の発達が人々の生活に密接にかかわっていたことを示している.
紅河デルタではデルタ部分の堆積量から約2000年前以降に土砂供給量が激増したことが指摘されているが(Tanabe et al., 2006),そのほとんどは氾濫原の河成地形ではなく,沿岸部のデルタ地域を前進させているものと考えられる.
引用・参考文献
船引彩子・春山成子・Vu Van Phai(2006)紅河デルタ平野・西氾濫原の河川地形-旧河道の分布を中心に-.日本地理学会要旨集,69,235.
Tanabe, S., Saito, Y., Vu, Q.L., Hanebuth, T.J.J., Ngo, Q.L. (2006) Holocene evolution of the Song Hong (Red River) delta system, northern Vietnam. Sedimentary Geology, 187, 29–61.