日本地理学会発表要旨集
2010年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 320
会議情報

環境人材の育成と環境教育の充実化を目指して
―首都大学東京ECO-TOPプログラムに学ぶ―
*林 琢也
著者情報
会議録・要旨集 フリー

詳細
抄録
1. はじめに
 本研究は,首都大学東京都市環境科学研究科観光科学域(自然ツーリズム領域)で実施しているECO-TOPプログラムを事例に環境人材の育成と環境教育の充実を図るための方途を探ることを目的とする.
 ECO-TOPプログラム(Ecological Conservation-Training of Personnel Program)は,環境分野における幅広い知識と専門性を備え,環境に関する活動の第一線に立って積極的に活躍できる人材の育成を目的に創設された東京都公認の人材育成制度である.本プログラムの履修生は,本学域の理念「現場主義の観光科学」の下,_丸1_観光に関する多様な知識の獲得,_丸2_地理学や生態学を基盤とした座学と現地調査のスキルの修得,_丸3_これらの知識や技能をより生きた形で習得するための経験の場,実社会での活動にどのように活かされるのかを体験的に知る機会としてのインターンシップを受講することが必要となる.
 本学では,ECO-TOPプログラムの設立準備の段階から東京都と連携して進めてきたため,認定校の第1号として2008年度よりプログラムを開始している.2009年度は新たに4大学が認定を受け,現在,計5大学で本プログラムが実施されている.

2.ECO-TOPプログラムの意義
 ECO-TOPプログラムの最大の特徴は,環境活動の現場に入り,経験と知識を積むことで,立場の違いを理解し,バランスのとれた施策や提案のできる人材の育成を企図している点である.環境の現場に学ぶというカリキュラムは,これまでも様々な高等教育機関において実施されてきた.しかし,多くの場合,単一の機関での実習が多く,学生はそこでの体験や担当者の価値観にのみ左右されてしまう点に課題がみられた.このため,本プログラムでは,環境に関するCSR(Corporate Social Responsibility)活動に積極的に取り組む企業や環境影響評価・プランニングといった実務のなかで環境と関わる企業,環境保全活動や環境教育,市民への啓蒙活動などを精力的に行うNPO,環境サービスを行う行政(自治体)といった立場の異なる3機関でそれぞれ5~10日程度の実習を経験する.これにより,特定の立場に偏ることなく,環境問題を考え,行動していくための基盤を作ることが可能になる.2008~2009年度の2年間で11名の大学院生が本プログラムを履修した.また,2年間で16機関(団体・部署)に実習を委託した.学生の実習日誌および実習先担当者のコメント・評価をみると,多くの実習生は,自分のもっていたイメージと実際の業務や活動のギャップや「現実」を認識し,環境問題の複雑さや意見の集約・調整の難しさを理解するとともに,環境保全の大切さを一般市民に伝えることの重要性をこれまで以上に強く感じる結果を示していた.このことは,特定の思考や価値観の押し付けに陥らない,バランスのとれた思考や判断のできる環境人材の育成およびそのための環境教育プログラムの提供が本プログラムによって,ある程度は達成されているということを示している.

3.環境教育および地理教育への提言
 環境関連の学問を専攻する学生や環境保全意識の高い市民や地域の活動等を除いた場合,「環境」に関する知識の獲得や実践を行う機会は,学校教育(初等・中等教育機関)がその大半を担うこととなる.なかでも,地理教育(社会科教育)や理科教育,総合的な学習の時間において主に学習が進められている.学校教育においては,教養として環境保護や保全の重要性の学習や「環境を守る」という理念の理解がなされる.また,身近な地域の環境問題等をテーマに植樹活動や水質調査などを実際に行うような実践も数多くみられる.さらには,学習のまとめとして行政への提言・要望書の提出を行うような場合もある.国際的に環境問題への関心が高まるなか,知識としての理解はもちろんのこと,自分たちはどうすべきか,今,何ができるのかといった「価値判断・意思決定」にとどまらず,実際に「参加・行動」にまで学習を高めることは有効である.しかし,環境に対する考え方や取り組みの徹底具合が個人で大きく異なるのと同様に,「環境」にまつわる仕事や活動へのアプローチの方法も多様である.こうした視点が軽視されてしまえば,それは環境意識の高い人間の価値観や特定の立場の押し付けでしかなくなり,取り組みの普及・拡大や共通意識の確立は一層困難になってしまう.その意味では,ECO-TOPプログラムにみた多様な主体の存在やそれぞれの意見の差や利害関係の存在,調整の難しさを認識させるような場を初等・中等教育段階の環境教育のなかにも設定していくことが,環境問題に貢献できる人材や環境意識の高い「市民」(理解者・賛同者)の育成にとっても極めて重要になってくるといえる.
著者関連情報
© 2010 公益社団法人 日本地理学会
前の記事 次の記事
feedback
Top