抄録
1.はじめに
東南アジア大陸部に暮らす農民は,農業をいとなむかたわらでニワトリやブタそしてウシなどの家畜を飼育し,これを利用してきた(高井ら,2008).例えば,ヤオ族などの「山地民」と称される人びとは,家畜を儀礼そして現金収入源として利用する(例えば,Masuno, 2009; Masuno and Nakai, 2009; Masuno and Ikeya 2010 など).しかしながら「山地民」とされる人びとであっても,現在では低地に住居を構え,山間部での農業とは無縁の生活をしている人は少なくない.
本研究は,山地と低地に位置する集落について,土地利用の様式,家畜飼育の飼育状況およびその利用方法に着目することから,その地域性を示すことを目的とする.本報告では,ヤオ族の集落における予備的な調査をもとに,家畜の飼育状況に関する調査結果について報告する.
2.調査地および調査方法
調査地はパヤオ県のチェンカム郡に位置する山村(P村)および,低地に位置し町へのアクセスが容易な村(RY村)でおこなわれた.両村ともにヤオ族が暮らす村である.RY村は1970年頃に,P村から移住した人びとなどにより形成された村である(吉野,2003).P村の2009年における村の人口は21世帯に約130名で,全世帯が農業に従事する.いっぽう2000年代初めにおけるRY村の人口は72世帯に約670人で,都市部や町での賃労働に従事する者が多い.調査は,世帯主へのインタビューおよびアンケート調査が実施された.家畜利用について参与観察が実施された.調査は2005年度および,2008年8月,2009年5月に実施された.
3.結果およびまとめ
山村であるP村では,ニワトリ,ブタ,イヌ,ネコ,ウシ,アヒルの飼育がおこなわれていた.なかでもニワトリは全世帯が,ブタについても9割以上の世帯が飼育を行っていた.ニワトリおよびブタはヤオ族が供犠に利用する家畜である.また,ブタは世帯によっては重要な副収入源だった.そのいっぽうで,低地のRY村では,家畜はほとんど飼育されていなかった.
両村は山地と低地との違いがあるものの,同じヤオ族が暮らす村であり,親族関係を持つ者も多い.このため,もともとの文化的背景は同じもしくは近いものだったと考えられる.しかしながら,RY村では供犠動物として利用する家畜に関しても,その飼育を行わなくなっている.これは,ひとつには供犠動物を購入により,入手していることがあるが,儀礼の頻度もしくは様式が変化した可能性も考えられる.このような違いの背景には,生業および経済活動における農業への依存度があるものと考えているが,そのほかの要因の有無とそれらの相互関係についても議論する.
4.参考文献
高井康弘ら2008. 家畜利用の生態史. 河野泰之編『生業の生態史』145-162. 弘文堂.
吉野晃 2003. タイ北部、ミエン族の出稼ぎ-2つの村の比較から. 塚田誠之編『民族の移動と文化の動態』159-192. 風響社.
Chantalakhana, C. and Skunmun, P. 2002. Sustainable Smallholder Animal Systems in the Tropics. Bangkok: Kasetsart University Press.
Masuno, T. 2009. Implementation and drawbacks of caponization in a hillside village in northern Thailand. Livestock Research for Rural Development 21(9): online, from
http://www.lrrd.org/lrrd21/9/masu21147.htm
Masuno, T. and Nakai, S. 2009. Pig husbandry. In An Illustrated Eco-history of the Mekong River Basin, ed. T. Akimichi, 55-58. Bangkok: White Lotus Press.
Masuno, T. and Ikeya, K. 2010. Chicken production and utilization for small-scale farmers in Northern Thailand. In Chickens and Humans in Thailand, eds. M.C. Sirindhorn and F. Akishinonomiya, Bangkok: Siam Society. (in press)