日本地理学会発表要旨集
2010年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 623
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カザフスタン共和国アルマトゥ州における社会主義的近代化と牧畜業の変容
*渡邊 三津子小長谷 有紀秋山 知宏窪田 順平
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抄録
研究の目的
 中央ユーラシアを流れるイリ河は中国天山山脈に源を発し,カザフスタン共和国のバルハシ湖にそそぐ越境河川である。本研究は,現在のカザフスタン共和国側の流域において,20世紀以降どのような開発がおこなわれ,それが地域環境にどのような影響を与えたかを,環境史の文脈の中で理解しようとしている。本報告では,主に統計データ解析と現地での聞き取りに依拠しつつ,対象地域の牧畜業や土地の利用が社会主義的近代化にともなって,どのように変容してきたかを明らかにする。

農牧業の変遷-統計データ解析から―
 アルマトゥ州における家畜飼養頭数は,1929-33年の全面的農業集団化時と1991年ソ連崩壊後に全ての生産組織が民有化された際の2回,急激な落ち込みを見せる。集団化時の急激な減少の後,家畜飼養頭数は単に増加しただけでなく,畜舎飼育を基本とする乳用家畜(主にウシ)・家禽の割合が高まるなど家畜構成が変化した。
 同時に,農業(播種耕産)部門においても質的な変化が起こった。本地域では,19世紀末からスラブ系移民による農業開発がおこなわれおり,1925年時点で灌漑農地面積は約10万haで,その72%が穀物生産にあてられていた。ソ連邦加入以降,1990年までの間にその面積は4倍の約41万haに拡大したが,この間に面積内訳は大きく変化した。1925年時点では,全体の8%に過ぎなかった飼料作物栽培面積が,1978年に40%を超えた。1991年ソ連崩壊後面積的には減少したものの,全体に占める割合としては2006年現在まで4割強の割合を維持している。このように,アルマトゥ州における農業は,食料生産から畜産の補助的役割へと,役割を変化させていった。

環境史としての農牧業変遷
 カザフスタン農業が,北部の穀物生産地帯,中部乾燥地帯におけるヒツジを主体とする畜産地帯,南部では灌漑を利用した集約的農業地帯という「地域ごとに明確に異なる特性を持っている」ことは野部(2003)により指摘されるとろである。こうした,国家の食糧生産戦略の一環として付与された地域特性は,本地域の歴史的・自然的背景を加えて総合的解釈を行うことで,本地域の環境史を読み解く一助となるであろう。
本地域は,「セミレチエ(ロシア語)」「ジェティス(カザフ語)」と表現されるように,カザフスタン国内において水資源に恵まれた地域のひとつである。加えて天山山脈内の草原,イリ河河畔の草地という良質の牧地にも恵まれていることから,古くから農牧複合地帯であったといわれる。19世紀末からスラブ系移民による農業開発がおこなわれてきたが,1930年代以降にソ連邦の一員として「本格的農業開発」が行われるようになると,その様相は大きく変化した。
 ソ連時代,アルマトゥ(かつての首都)という大消費地への供給を目的とする乳用家畜・家禽をメインとする「都市的畜産」に加え,天山山中にある豊かな草原の存在を背景とする,夏季放牧とそれ以外季節の拠点飼育をセットにした牧羊がおこなわれてきた。初期においては天然草地の利用がされてきたが,1970年のダム湖建設による牧地消失や,1990年時点で全体の6割強を占める「飼料以外」の栽培用地の開発の進行,舎飼家畜の増加などが複合的に作用して,飼料生産への依存性が高まってきたといえる。ソ連時代に起こったこの農牧業の関係の変化は現在でも継続しており,企業経営や個人生活にも影響を与えている。
 本報告においては,現在の畜産業の“企業経営”事例として,「農業生産協同組合アルマトゥ種畜場」を取り上げるとともに,個人的に家畜を飼育している人たちへのインタビュー事例を紹介する。
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© 2010 公益社団法人 日本地理学会
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