抄録
アフリカの都市は,植民地期以前から一定の社会的機能を果たしていた都市と,植民地体制下で建設された都市の2つに分類される.ザンビアは,植民地期の鉱山開発によって都市形成が進んだ後者の代表例である.1920年代末の国内鉱山の発見によって,自給自足の生活を営んでいた農民は都市の賃金経済へと構造的に組み込まれ,都市の発達は農村からの人口移動によって支えられていた.
このような都市の形成過程のもとで,先行研究は農村と都市を,「部族的な社会」と「近代・西欧的な社会」の二項対立的視点によって分析してきた.しかし1990年代の構造調整以降,都市と農村の所得格差の縮小や農村における都市化などの現象に特徴づけられるように,都市-農村間関係は新たな展開に直面している.
そこで本研究では,農村部の人びとが行う移動の分析を通じて,現在農村が都市とどのような関わりをもち,都市がどのような役割を担っているのかを明らかにすることを目的としている.
調査地はザンビア南部州に位置するルシト地区である.調査は2006年8月から2009年9月までに計17ヵ月間,断続的に現地に滞在して行った.
まず,世帯主49名に対し世帯構成,農業やその他の現金稼得活動など生計に関する聞き取り調査を行った.移動に関しては,出稼ぎ労働をはじめとする都市への移動を経験したことのある男女42名(計95事例)に対し,行き先・期間・移動の理由・都市での生活などについて聞取りを行った.
調査の結果,人びとが行う都市への移動は,1)現金稼得を目的とした移動,2)訪問・休暇を目的とした移動,3)社会的イベントによる移動の3つに分類された.それぞれの移動の特徴を分析すると,生計に関わる文脈と,社会・文化的な文脈によって都市との関わり方が異なることが明らかになった.
まず,生計に関する文脈では,農村にも多様な生計維持手段が存在するという現状のなかで,都市への移動は農村の生業との相対関係で捉えられるようになっている.近郊都市の発達もあいまって,調査地では,都市への移動が低コストで,より手軽に行える手段になっている.したがって,農村部の人びとの生計手段へのアクセスの観点からは,都市と農村は連続性をもったものとしてとらえることができる.
一方,社会・文化的な文脈では,農民が「都市」と「農村」を差異化していることが明らかになった.農閑期を利用し“休暇”と称して都市を訪問し,数カ月にわたって滞在していた事例からは,農村の人びとにとって,都市が“楽しみ”の場所であることが伺えた.
以上のように,都市と農村の経済的な繋がりが連続性をもつ一方で,農村部の人びとは心的には「都市」と「農村」を差異化し,距離を置いていることが明らかになった.近年の携帯電話の急速な普及によってさらに変容していくことが予想されるため,今後の動向にも注目したい.