日本地理学会発表要旨集
2010年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: P805
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諏訪湖における御神渡り発生頻度の減少におよぼす都市気候の影響
*横坂 航
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抄録

1.はじめに
 長野県の諏訪湖では,厳冬期に氷の鞍状隆起現象が起こることがある.この現象は,御神渡りとよばれ,その最古の公式記録は約600年前の1397年に,諏訪神社の神宮が幕府に報告したもので,その文書の控えが今も残っている.その後も,若干の中断があったものの,御神渡りの有無や期日などが記録され続けており,現在では有効な気候復元資料として利用されている.そのため,御神渡りに関する先行研究は,大規模スケールの気候因子との関係を論じるものが多い.そして,近年は御神渡りの発生頻度が大幅に減少しており,これに関しては地球規模ないし総観規模の温暖化の影響の関係が論じられている.
 しかし,一方で地域の気候は地球規模や総観規模スケールだけでなく局地的な気候因子の影響も受けている.特に御神渡りのような小規模スケールの現象は,都市化にともなうヒートアイランドなどのローカルな影響を強く受けている可能性がある.そこで,本報告では諏訪地方,特に諏訪湖北部にある岡谷市を中心に都市気候と御神渡りの関係性を明らかにすることを目的とした.

2.研究方法
 研究の方法はまず,気象庁の長期的なデータを用いて,気温と御神渡りの関係を明らかにする.各観測点の1月の月平均最低気温の経年変化を作成し,諏訪とその周辺地域の長期的な気候変化の傾向と,その特徴を明らかにする.また,データが入手できた1961年からの近年49年間の1月の気温変化を日レベルで解析し,御神渡り発生時の気象状況を明らかにする.
 次に,諏訪盆地内に設置した観測点のデータを用いて,既存の観測点だけではわからない,諏訪盆地の気候を小スケールにおいて明らかにする.また,住宅密集地に形成されるヒートアイランド現象,及びヒートアイランド現象の昇温に起因する風系の変化など,都市気候が御神渡りに与える影響について検討する.
 最後に,空中写真を元に作成した住宅密度分布図から,都市の状態を復元する.1947年と2000年の都市の状態を比較することにより,都市気候の違い,特にヒートアイランド形成の違いについて考察する.
 以上の手順に従って,御神渡り発生頻度の低下している原因について,明らかにしたい.

3.結果と考察
 御神渡り発生頻度低下への都市気候の影響を調査するに当たって,諏訪測候所のデータによる点的解析,諏訪盆地内の10地点の観測によって得られたデータの面的解析,及び2000年と1947年の都市の様子から,推測した都市気候の影響の相違点の考察を行った.得られた結果は以下の通りである.
(1) 諏訪及び周辺地域の測候所・アメダスの1月の月平均最低気温は,1980年代後半以降ほぼ同じように上昇していた.しかし,気温上昇量の絶対値には地域ごとに差が認められ,特に諏訪測候所の温度上昇が大きく,小スケールにおける温度上昇を確認することができた.
(2) 諏訪盆地内で行った10地点による観測の結果,日中に湖北の住宅密集地域周辺で明瞭なヒートアイランドが形成されていた.しかし,14時~20時にかけて地元で塩嶺おろしと呼ばれる北西からの比較的強い風が吹くと,諏訪盆地内の気温が一様化され地域差がほぼなくなる時間帯があった.気温が低下し接地逆転層が形成されると,この風は逆転層の上層を吹走し,夜間の諏訪盆地では一般風の影響を受けない状況が作り出されていた.その結果,諏訪盆地内では,再びヒートアイランドが形成,その暖域に向かう寒気を観測することができた.
(3) 諏訪湖北西部の岡谷市では,2000年と1947年の空中写真から,1947年は田畑など湖以上に冷源となる地域が多かった.また,空中写真から作成した住宅密度分布図を解析したところ,1947にはほとんどヒートアイランドが形成されていなかったと推測された.
以上のことから,諏訪盆地内では都市化に伴いヒートアイランドが形成され,その昇温の影響が局地循環を変化させ,御神渡りの発生頻度を低下させていることが明らかとなった.

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