抄録
I はじめに
認知地図の多様性をもたらす要因の1つに対象側の要因がある.なかでも,空間構造によって規定される視界の広がりは配置的知識の形成条件の地域差を生むとされ,農村部のように,比較的広い視界が得られる地域では,メトリックな空間的知識が得られやすいという.
千葉県木更津市と神奈川県川崎市とを結ぶ東京湾アクアライン(以降,アクアラインと略称)からも,条件さえ良ければ,対岸の位置関係が直接的に把握することができる.このため,アクアラインもまたメトリックに認知されるとともに,実際の位置からのずれには,個人の特徴が如実に反映されると予想される.
本研究では,木更津市内に通学する大学生を対象として,アクアラインの認知の特徴を明らかにする.そして,訪問経験や地理情報の利用状況といった個人の特徴との関係から,その認知の特徴について考察する.
II 研究方法
対象者は木更津市の清和大学に通学する学生である.このうち,人文地理学Iの2008年7月3日の受講者を対象としている.この受講者に対して,質問紙による調査を30分程度かけて実施し,63人から有効回答を得た.
アクアラインの認知については,どことどことを結んでいるかという区間と,実際にどこを通っているかという,位置に関して質問をした.位置の認知では,東京湾を中心に配した白地図(縦17.8×横15.2cm,縮尺1/31.8万)に直接書き込んでもらった.
さらに,アクアラインの利用実態や,案内図や道路地図といった地理情報の日常的な使用の有無などについても尋ねた.
III アクアラインの認知
1) 対象者の特徴
対象者は全て千葉県内に居住しており,51人は木更津市内とそれに隣接する市から通学している.このうち,入学時に千葉県へ転入した者は25人おり,いずれも木更津市内に居住している.
このため,対象者の生活圏は県内に限られており,定期的にアクアラインを利用している者は4人のみである.それ以外の者は調査時までに,往復に換算して平均4.5回利用している.また,東京都区内への訪問経験がある者は32人,横浜市への訪問経験がある者は22人,両地域へ1度も訪問したことがない者も22人と少なくない.
対象者は平均3.0種類の地理情報媒体に日常的に接しており,30人が「駅や街頭の道案内図」,28人が「雑誌や広告などの地図」,20人が「地図帳」をよく利用している.それらと並んで,ウェブ上の地図の利用も盛んで,32人は「携帯電話」上,22人は「パソコン」上で利用している.
2) アクアラインの認知
アクアラインの区間について,「川崎市」と「木更津市」と両岸正しく認知する者は22人と,全体の3分の1にとどまる.それでも,「木更津市」を正しく認知していた者は,その22人を含めて48人と4分の3を超える.
一方で,「川崎市」を正しく認知している者は24人と,「木更津市」を正しく認知している者の半数に減少する.その誤認者のうち,17人は「横浜市」と,14人は東京都内とを結んでいると認知している.
このような区間認知の特徴は,その位置認知にも深く関係している.認知されたアクアラインの木更津側と川崎側の接地点(以降,区間端と略称)の分布傾向を示す楕円からは,アクアラインがより南側に認知されていることが分かる.
認知された区間端と実際の位置とのずれは,木更津側で長い者ほど,川崎側でも長いが,特に川崎側の楕円の重心は,実際の位置から11.6km離れており,木更津側の9.0kmに比べて2kmも長い.さらに,川崎側の楕円の面積は,木更津側より82km2も広く,個人差がより大きく表れている.
なかでも,区間認知で川崎側を「横浜市」と誤認した者は,川崎側をより南側に認知しており,東京都内と誤認した者の楕円は南北に長く伸びており,より曖昧に認知している.
3) 認知の要因
日常的に「雑誌・広告などの地図」を利用している者は正しく区間を認知している.ただし,川崎側を「横浜市」と誤認する者には,正しく認知する者よりも横浜市へ訪問経験がある者が多い.
さらに,横浜市へ訪問経験がある者の半数に当る11人が君津市以南と横浜市中区以南とをアクアラインが結ぶと認知している.そのことが,全体的にアクアラインがより南側に認知されていると関係しているとともに,直接的経験が区間や位置の認知に大きく影響を与えている.
また,川崎側の区間端の位置は,「地図帳」を日常的に利用する者のほうが,より実際の位置に近い.このことは,デフォルメ表現を採らない地図との接触が,非日常生活圏の正確な位置の理解に貢献していることを示唆している.