抄録
本研究は,非常時の医薬品供給体制において,需要と供給のミスマッチが起きたメカニズムを明らかにし,非常時にも対応しうる医薬品供給体制について安全性と効率性の観点から検討する。 平常時の医薬品供給体制において,医薬品卸は激しいシェア争いのなかで,極力在庫を減らしながら医療機関や薬局に対して1日2回の計画的な定期配送を実現している。しかし,東日本大震災では,極度に配送効率化を進めた結果,医薬品供給体制の確立に時間を要するとともに,届けた医薬品がニーズと異なったことが明らかになった。 医薬品の供給は,有償と無償でルートが異なる。すなわち,医薬品卸を経由して医療機関や薬局に配送される平常時のルートと,製薬団体によって避難所に無償で提供される救援物資のルートである。民間企業や業界団体は,必要な医薬品を届けるための配送手段の確保に努めた。 しかし,一連の対応について,製薬企業が出荷した医薬品の配送先や使用実態を把握できなかったり,無償で送った医薬品が被災地のニーズに合わなかったりした。その原因として,関係主体が現地の医薬品ニーズの情報を収集するのに時間を要したこと,2000年代以降,物流業務を専門倉庫会社に委託する製薬企業の動きが広まり,サプライチェーンの管理主体が不在になったことがあげられる。 医薬品卸はこれまで,全国に分散する多数の顧客に情報の提供とともに医薬品を供給してきた。加えて,医薬品卸の中には,阪神大震災を教訓に追加の配送手段を確保したり,免震構造や発電装置を整備したりして安全性の担保に努めるものもある。 しかし,東日本大震災や電力のピークカットを受けて,医薬品卸各社において,今後の大震災や停電,節電対策が不可欠である。対策の程度は,各社のこれまでの投資実績や業績を踏まえた,経営幹部の判断によるところが大きい。なぜなら,非常時の医薬品供給体制における安全性の担保と,平常時の医薬品供給体制における効率性の追求との間にはトレードオフが存在するためである。 一方,今後の医薬品供給体制について,被災地沿岸部や原発事故の影響を受けた地域の医療体制は見直さざるを得なくなっている。岩手県では効率性を重視した県立病院の集約化のリスクが沿岸部の病院の被災によって明らかになった(図)。計画の見直しは不可欠で,医薬品卸は平常時の医薬品供給体制においても見直す必要がある。