日本地理学会発表要旨集
2011年度日本地理学会秋季学術大会
選択された号の論文の165件中1~50を表示しています
  • 荒木 一視, 梅田 克樹, 大呂 興平, 古関 喜之, 辻村 英之, 王 岱
    セッションID: P704
    発行日: 2011年
    公開日: 2011/11/22
    会議録・要旨集 フリー
    フードレジーム論は近年注目されるいくつかの食料研究の新たな潮流の1つである。同論の特徴の第一は,食料の輸出国と輸入国という2国間の文脈で食料貿易を把握するのではなく,国際的な基本食料市場を中心とした多国間の枠組みで食料貿易体制を把握することである。また,これまでに食料貿易体制・フードレジームとして,戦前のイギリスを中心とする第1次レジーム(コロニアル・ディアスポリック・レジーム),戦後のアメリカを中心とする第2次レジーム(マーカンタイル・インダストリアル・レジーム),そして現在それへの移行期とされる第3次レジーム(コーポレイト・エンバイラメンタル・レジーム)が示されている。  しかしながら,同論は主として欧米を中心とした議論であり,アジア太平洋地域に対する言及は決して十分ではない。確かに,欧米を中心とした食料貿易圏が相当の規模を持ち,第1次レジーム期,第2次レジーム期を通じて世界の貿易体制を主導してきたことは事実である。しかし,突出した食料輸入大国である日本,巨大な人口を抱え,経済成長のもとで食料輸入を加速する中国,さらにはこれらアジア市場に向けて農産物食料輸出戦略を展開するオセアニア地域など,当該地域における相互依存関係は急速に深化・拡大しているといえる。こうした点から,当該地域の食料貿易の現状を把握し,レジーム論との適合を検討することは重要な意味を持つ。
  • 春山 成子
    セッションID: S1201
    発行日: 2011年
    公開日: 2011/11/22
    会議録・要旨集 フリー
    雲出川中流には霞堤が6ヶ所あり、霞堤背後は洪水時に冠水し下流への洪水流量は一時的に低減する。洪水後には堤内地の洪水は自然排水される。雲出川中流の遊水地内の土地利用は水田、畑が主であり人的被害はない。雲出川での遊水地は位置づけが不明瞭であったが、近年では農業地域から宅地に土地利用が変容し浸水被害が社会問題となってきた。6開口部は、1)赤川(雲出川と中村川合流部、畑・水田利用。赤川北側に自然堤防があり集落が立地)、2)其村(赤川より上流側、波瀬川と雲出川合流地点)、3)中川原(長野川の合流部直下、二重堤の霞堤)、4)庄田(広い開口部、土地利用は水田と畑)、5)牧(周囲の堤に比べ2~3m低い)、6)小戸木(牧からの洪水流を排水)である。遊水地浸水深度別に下流平野の土地利用分類別の被災状況を計算してみた。下流平野は宅地、果樹園ほかに、工場地帯があり、遊水地での貯留がなされない場合には下流平野へのインパクトが大きいことが示された。
  • 黒木 貴一, 磯 望, 後藤 健介, 宗 建郎, 黒田 圭介
    セッションID: P726
    発行日: 2011年
    公開日: 2011/11/22
    会議録・要旨集 フリー
    平成21年7月中国・九州北部豪雨により那珂川流域では多数の斜面崩壊が発生し,那珂川は那珂川町から福岡市中心部までの沿岸で溢流・氾濫したため多くの被害が出た。この溢流・氾濫の実態は調査されたが,それらを誘導した土地条件(土地利用,土地被覆,地形条件など)に関して検討が十分ではない。また近年,レーザーデータを用いた斜面崩壊や活断層に関する地形解析が試みられているが,氾濫原に対する地形解析例はあまりない。そこで本研究では那珂川町での溢流・氾濫に関わる土地(地形)条件をレーザーデータによる地域区分を通じて検討し,その有用性を示した。地域区分としては地形区分と流域区分を扱った。
  • 春山 成子
    セッションID: P711
    発行日: 2011年
    公開日: 2011/11/22
    会議録・要旨集 フリー
    ヤンゴン近郊では人口流入で土地利用変化が大きい。ミヤンマーの工場設置計画などに見るヤンゴン近郊の工場地帯の設置によって どのような土地利用変化が現れたのかについての現地調査ならびに地形図を用いて最近20年の変化を追ってみたところ、農業地域の縮小と荒蕪地の増加がモビ地区で表れていることが分かった。また、農業地域の縮小の中で、灌漑用水が引かれた地域のみ夏米作として作付が増加していることが分かった。
  • 山田 周二
    セッションID: P709
    発行日: 2011年
    公開日: 2011/11/22
    会議録・要旨集 フリー
    本研究は,身近な調味料である味噌をとりあげ,小・中学校の社会科で行われる地理学習において,味噌の種類と生産地を調べることによって,どのようなことが学習できるのか,をあきらかにすることを目的として, 東京と福岡の間に位置する18 都道府県の県庁所在地において,スーパーマーケットの店頭で販売されている味噌の種類と生産都道府県を 調査した.調査対象としたスーパーマーケットは,1都市につき,3~10店舗である.
    1店舗当たり平均40銘柄の味噌が販売されており,その種類は地域によって大きく異なる.名古屋市,津市,岐阜市では,豆味噌の割合が50%を超えるのに対して,広島市,山口市,福岡市では麦味噌が50%を超えており,それ以外の市では,米味噌が50%以上を占めた.ただし,それぞれの地域の境界に位置する静岡市や,岡山市,高松市では,近隣の米味噌を主体とする市よりも豆味噌や麦味噌の割合が高くなる傾向がみられた.
    販売されている味噌の生産地も地域によって異なる.長野県産と愛知県産の味噌は,対象とした18市すべてで販売されており,神戸市以東では,それら2県産の味噌が70から83%を占める.一方それより西の市では,それら2県産の味噌は14から40%に過ぎず,自県産の味噌や広島,大分県産の味噌が多くを占める.以上のような味噌の種類や生産地にみられる地域差から,それらを児童,生徒が調べることによって,その地域の生活文化の特徴を学習することができるであろう.
    味噌の生産地は,その種類によっても異なる.豆味噌は愛知県産のものがすべての市で販売されており,それ以外の産地のものはほとんどみられない.米味噌は,長野県産のものがすべての市で販売されており,愛知,京都,富山県産のものも50%以上の市で販売されている.麦味噌は,広島,大分県産の ものが50%以上の市で販売されており,ほとんどが広島県以西で生産されたものである.
    以上のような味噌の種類と産地との関係から,それらを児童,生徒が調べることによって,日本の地域による生活文化の差異を学習することができるであろう.
  • 渡邉 英明
    セッションID: 307
    発行日: 2011年
    公開日: 2011/11/22
    会議録・要旨集 フリー
    江戸時代の定期市で活動した人々について,近年では,市町住人や市場商人に関する研究が進展している.一方で,零細出店者や購買者の活動形態は,史料的制約からほとんど明らかにされていない.また,市町住人や市場商人に視点を向けた研究でも,彼らと定期市との関わりが,市日との関係のなかでどのように形成されていたのかは,あまり検討されていない.その要因として,先行研究では,市場争論や市の新設・再興などに際して作成された史料が盛んに用いられる一方で,定期市で活動した個々の人々の記録に注目した分析が相対的に手薄であったことが指摘できる.それらの個人的な記録のなかで,定期市との関わりが比較的豊富に記される史料として,市町や周辺地域の住人が記した日記が挙げられる.定期市研究における日記の利点として,記録者の活動日程が把握できる点が挙げられる.関東地方では江戸時代中期以降,多くの市町で常設店舗が増加し,市日以外にも商業機能を有するに至った.この段階では,市町での商取引が市日以外に行われる場合もあり,日程が把握できない場合,史料に現れる市町での商業活動が市日と関係するか否か判断することは難しい.日記には,作成者の活動日程が明記されるため,そこに現れる市町での商業活動が市日と関係したものであるか明確にできる.ただし,日記には作成者個人の属性が大きく反映されるため,その分析から得られた内容が,どの程度一般化できるかという問題点もある.これについて,本研究では,対象とする定期市・市町に関する他史料と合わせて検討することで,それらの個人的記録の位置づけを考察した.また,同時期に同じ定期市の周辺に居住していた複数の人物の日記を比較検討することで,より多面的な分析を試みた.対象地域として近世後期の武州所沢六斎市とその周辺地域を取り上げた.所沢は広い後背地を有する中心性の高い市町であり,その後背地域内には,市町住人や周辺農村の豪農,陰陽師など,多様な属性を有する人々の日記が複数伝存し,そこには所沢六斎市の利用を頻繁に記録する日記も含まれる.また,所沢六斎市に関する他史料の残存状況も比較的良好である.
    本研究では所沢六斎市の後背地の広がりを念頭に,本研究では中藤村・指田藤詮(陰陽師)の『指田日記』,柴崎村・鈴木平九郎(豪農)の『公私日記』,引又宿・星野半右衛門(市町住人・宿役人)の『星野半右衛門日記』の3点を分析史料に選定した.
    『指田日記』,『公私日記』,『星野半右衛門日記』に現れる所沢六斎市への関与形態は,書き手の属性を反映してそれぞれ特徴を有した.同時期に同一市町周辺に居住した複数の人物の日記を比較し,さらにその定期市・市町に関する先行研究や他史料と照合する作業は,各日記に現れた定期市利用のあり方を位置づける上で,一定の有効性があったと考える.今後は,近世の定期市・市町をめぐる人々の関与について,日記を用いた事例研究を蓄積しつつ,分析方法を検証し深化させる取り組みも必要であろう.
  • 森脇 広, 奥野 充, 大平 明夫, 松島 義章
    セッションID: 211
    発行日: 2011年
    公開日: 2011/11/22
    会議録・要旨集 フリー
    鹿児島湾奥沿岸には,完新世海成段丘が広く分布する.この発表では,北岸の国分平野を中心として,隼人面と呼ばれる最上位の面の高度分布と構成物質,テフラ・C-14年代・考古遺跡に基づく形成時期から,姶良カルデラを中心としたドーム状隆起と隼人面との関係を検討する.本地域で指標としたテフラは,平野の全域が分布範囲に入る鬼界アカホヤ火山灰(K-Ah;7,300 cal BP)と北西岸にある桜島-P5テフラ(約4,600 cal BP)である. 姶良カルデラ周辺の隼人面の高度分布はこれまで旧海水準高度分布から推定されてきたドーム状隆起の様式とよく調和している.姶良カルデラ北縁にある国分平野では,隼人面は平野西側の約15mから東側の約5mまで低下する.この高度低下は平野を形成した天降川と直交する.これまでのボーリング資料解析に加えて,今回新たに行った平野の西側でのボーリングコア解析から,西から東へのK-Ahの高度減少が認められる.この高度変化は,堆積物の古環境解析からみるとK-Ah堆積時の水深差だけによるもではなく,地殻変動も影響していると考えられる.K-Ahの高度低下は隼人面のそれと調和しており,隼人面の高度分布にこうした傾動が反映していると考えられる.姶良・加治木平野での今回の新知見は桜島-P5テフラを隼人面上から見出したことである.このテフラは隼人面の中部付近で陸上堆積しており,4,600 cal BPごろには隼人面の離水は,これよりさらに海岸側にまで及んでいたことになる.段丘面の高度はこの平野の中では顕著な変化はない.甲突川平野は,北部は完全に段丘化しているが,南部は離水途上の段丘面となる.これまで旧海水準の資料から南北の傾動が推定されており,段丘化の違いはこうした傾動を反映しているといえよう.湾奥沿岸全体をみると,隼人面は,姶良カルデラ北縁の国分平野では海岸にほぼ平行して西から東に向って低下し,北西縁の姶良・加治木平野では,高度変化は小さい.南西縁の甲突川平野では北から南に低下する傾向にある.全体としてこの面は,K-Ah降灰時ごろに離水を開始した.隼人面形成の終了時期は変動量の違いによって差があるとみられ,考古遺跡との関係で特定されている姶良平野では縄文後期(3000~4000 cal BPごろ)である.国分平野は明確ではないが,姶良平野での時期やK-Ahの深度からみて縄文後期ごろであろう.甲突川平野では隆起量の小さい南部では離水が完全には終了していない.
  • 任 海
    セッションID: 321
    発行日: 2011年
    公開日: 2011/11/22
    会議録・要旨集 フリー
    高度経済発展に伴い新興国の中華人民共和国では,北京,上海,広州などの大都市圏が形成された。国内の経済後発地域から経済発展地域への人口流入と共に,大都市中心市街地の再開発も急激に進行している。上海市,北京市をはじめ,中国の各大都市では,老朽化した住宅を取り壊し,その跡地に高層ビルを建設する。それに伴い,市街地の地価が高騰し,都市中心区を追い出された住民が郊外の住宅へ移転することは,1990年代から始まり,現在に至るまで20年間継続している。<BR>
    上海市の場合は,1990年代から土地使用権の譲渡により,近代的な都市化整備が行われる前に急速に都市化が進み,過剰都市化の現象が現れた。郊外では,高級別荘と都市中心区の再開発で家を失った住民の移転先となる一般マンションが建ち並んでおり,農業用地が「住宅地基地」になっている。一方,都市中心区では,再開発後の高層ビルと伝統的な里弄(リロン)住宅が混在し,都市部の貧富の格差が拡大している。本発表は上海市の静安区にある大中里を研究対象として,上海市の中心市街地で行われた里弄住宅の再開発事業と,それによる都市内人口の居住者移動の実態を明らかにすることを試みる。<BR>
    研究対象地域である静安区大中里地域は,上海市中心部にある大型の里弄住宅団地である。1925年に建設され,2009年の第2期立退き計画が完成するまで,84年間の歴史を持っていた。開発業者の目標は,大中里地域の地理的な特性を利用し,開発業者自身の開発経験で上海市と静安区の新しいランドマークにしようとしている。今回の大中里再開発事業は,「陽光計画」(サンシャインプロジェクト,公開,公正を意味する)と標榜され,一部のデータが公開されている。本発表では,公開されたデータを用いて,居住者移動状況を分析する。開発業者は, 再開発計画地域に居住している住民に対し,取り壊しとなる住宅の補償安置価格を確定し,現金補償と住宅補償を二分類し,五つの補償方法を提示した。その中で,住宅形式補償は,上海市内の住宅団地の住宅を当てることで行われた。住宅形式補償を選んだ居住者の状況及び移転先として提供された住宅団地の住宅と,その選択率をGISで地図化し,居住者移動の実態を明らかにする。
  • 森脇 広, 奥野 充, 河合 渓, 永迫 俊郎, 中井 達郎, MCCORMAC Gerald, COWAN George, MAOATE ...
    セッションID: P720
    発行日: 2011年
    公開日: 2011/11/22
    会議録・要旨集 フリー
    東ポリネシアのクック諸島には,完新世サンゴ礁と海岸平野が分布する.今回,この諸島のラロトンガ島の海岸平野とマンガイア島の離水サンゴ礁について,14C年代測定を行った.これに基づき,完新世の海岸平野・サンゴ礁の地形変化と海面変化にかかわる問題を検討する. ラロトンガ島:この島は平均幅約400mの海岸低地と約700mの裾礁がリング状に取り囲む. 海岸低地は,山麓を縁どる扇状地とこの海岸側にある砂堤列・湿地からなる.南西岸のもっとも幅の広い砂堤列低地において年代測定を行った.砂堤の標高は3m~4mで,サンゴ片や貝殻片を含む砂質のストーム堆積物によって構成されている.砂堤堆積物はシャベルで掘削し,地表下50-100cmのサンゴ片,または貝殻片を採取した.今回,汀線から内陸へ?@70m,?A150m,?B360mの地点で測定を行った結果,それぞれ?@1315±35 BP (JAT-8719, δ13C=0.4‰),?A1825±35 BP (JAT-8720, δ13C=2.5‰),?B2650±50 BP(JAT-8721, δ13C=-0.2‰)を得た.これらの年代と位置から推算すると,汀線から500mの最内陸にある海浜堆積物は3,500~4,000年前ごろとなる.これらが示す離水過程は東岸で得られたものと類似する. マンガイア島:クック諸島ではもっとも南にある.玄武岩山地と更新世の隆起サンゴ礁の周囲を完新世のサンゴ礁が縁取っている.完新世のサンゴ礁は内陸側が離水し,段丘化している.今回,平均海水準上?@1.27m,?A0.644m,?B0.651mにあるマイクロアトールからそれぞれ?@3870±220 BP(JAT-8722, δ13C=-14.3‰),?A5635±45BP(JAT-8723, δ13C=-2.3‰),?B5725±50 BP(JAT-8724, δ13C=6.5‰)の年代を得た.これらの年代と高さはYonekura et al. (1988)の曲線とよく整合する.?A,?Bは,海面のピークより前のもので,海面上昇ピーク時にこれらのサンゴを覆った離水サンゴまたは海浜堆積物がその後の海面低下時に剥離されて,古い地形が露出したものと考えられる.なお,14C年代測定は,日本原子力研究開発機構の「施設共用制度」を利用したものである.
  • 小田 隆史
    セッションID: 413
    発行日: 2011年
    公開日: 2011/11/22
    会議録・要旨集 フリー
    本調査は,東日本大震災後,地震,津波,原発事故,風評被害,余震等,多重の災害に見舞われた福島県いわき市に所在する多様な復旧・復興の対応ニーズのなかで,住民と行政の移住・移転と学校教育の課題に着目する.いわき市の借上・仮設住宅に流入する避難者の多くは,原発災害による警戒区域から移住を強いられた人々である.本調査では,就学児童・生徒の移住・転校の状況を把握することにより,子供たちおよび子供を持つ親たちの郷里からの「立ち退き」「強いられた移住」の現況,受け入れ実態,学校教育をめぐる状況や支援ニーズや課題等について議論する.
    今次災害による避難転居をめぐっては,成人に対する職住斡旋支援とともに,突然の転居・転校を余儀なくされた児童・生徒そして,子供たちを受け入れる学校・自治体への支援も考慮する必要がある.既に地震・津波・原発事故等に恐怖感を抱いた子供たちの心理的ストレスの大きさは想像に難くない.また,子供が日々通学する地域の小中学校自体が,児童・生徒だけでなく,親・親類が,様々な学校活動を通じて,社会や近隣者と関わりを持つ地域社会の拠点的な機能を有していること(酒川2004)に照らせば,移転を強いられた親子は,新たな移転・避難先の学校において既存のコミュニティ関係に迎え入れられ,そこを一つの拠点・ハブとして,新たな関係性を構築し,それを通じて転入先地域の情報を得たりして,福利の安定化を図ることになるだろう点を考慮して,コミュニティ形成のための支援策を検討する必要があろう.
    いわき市では,中央台地区に多数の仮設住宅の建設が進んでいる.現在,雇用促進住宅等の借上住宅に住まう避難者の多くが,これらの仮設住宅へ転入することが予想されている.それにより,2学期を迎える多くの子供たちが仮設住宅地区周辺の学校に転校する可能性もあるという(市教委関係者). 本研究では,こうした刻々と変化する児童・生徒の転入・転出等の実態を捉え,それを通じて,今後,地域の学校を拠点としたコミュニティ形成や支援ガバナンスの創出導入確立等の復興支援にかかる喫緊の課題に即応するための基礎的情報の提供をしたい.  そこで,とり急ぎ本発表では,発災以降累次にわたり実施した現地聞取り・収集資料に基づき,最新の状況を提示・速報したい.
  • 深見 聡
    セッションID: S1308
    発行日: 2011年
    公開日: 2011/11/22
    会議録・要旨集 フリー
    本稿は、ジオパークで展開される持続可能なジオツーリズムのあり方を提示することを第1の目的とし、真にジオパークにおける地域の発展につながるための諸問題について提起しようというものである。なお、ジオパークと観光振興に関するアンケート調査を九州にある4か所のジオパーク(島原・天草御所浦・阿蘇・霧島)で実施した結果を基礎データとしており、その速報的な公表は、深見・有馬(2011a;2011b)ですでにおこなった。
    アンケートの結果を踏まえ、ジオパークにおける持続可能な観光を確立していくには、観光研究からみた課題と、自然地理学・地学からの成果とを互いの専門家が共有するところから始めていくことが肝要と考える。その過程で、地域住民に専門家と同等かそれ以上に合意形成に関する場面に積極的に参画してもらい、ジオパークとジオツーリズムに関するボトムアップ的な機運の高まりを追求していくべきである。つまり、それぞれのジオパークのイメージに立脚したうえで地域住民の主体性といった、ジオパークを支える動きが高まることで、真に地域に根づいたツーリズムの展開が可能となろう。観光研究を専門におこなう者は、ジオパークやジオツーリズムの定義に立脚してジオサイトの解説の難易度やルートの設定に、観光研究の見地から率直な意見を提示していきながら、より特徴ある観光形態へと進化させていく責務がある。
    本稿では、ジオパークにおける持続可能な観光のあり方を探るべく、観光客を主対象としたアンケート調査結果に依拠し、その展開にあたって留意すべき課題の提示を目的として論を進めてきた。観光研究は学際性が強みといわれ、とりわけ観光地理学は場所や地域特性といった点に関して強みを発揮してきたが、ジオツーリズムについての先行研究は、事例そのものが新しいとはいえ、意外に少なかった。一方で、専門家が評価する露頭や岩石・地形(地学的な価値の高いジオサイト)が、必ずしも観光客の指向性にそぐわないケースも往々にして考えられる。ジオパークの場合も、地域住民が紹介したいと思うジオサイトや、観光客が訪れてみたいと感じるジオサイトという観光研究的な視点からみた需給の均衡を事前に把握しておくことで、ジオパークの構成要件である「地域の持続可能な社会・経済発展」への方向がみえてくると考えられる。
  • 林 琢也
    セッションID: P705
    発行日: 2011年
    公開日: 2011/11/22
    会議録・要旨集 フリー
    1.研究目的

    本研究の目的は,登録生産者のみが栽培・販売可能なクラブ制に注目し,その代表例ともいえるピンクレディー(PL)の国際組織(国際ピンクレディー連盟/IPLA))の活動をもとに,その特性とクラブ制の世界的な広がりについて考察することである.

    2.クラブ制とPLの拡大

    クラブ制とは生産者と流通業者,苗木生産者が連携し,グループ内で知的財産(育成者権と商標権)を利用した契約を結び,生産・流通をコントロールし,それによって得られた利益の一部をマーケティングやブランド防衛に用いることで,高い付加価値の維持を図るシステムである.例えばPLでは,品種が開発されたオーストラリア以外の国での生産・販売のライセンシーは,当該国の種苗会社や苗木業者協会がもち,商標権はその国のPL協会が有している.現在,PLの生産は世界各地に広がっており,世界のリンゴ生産量(2006年)の約1.5%を占める.オーストラリアの品種別生産量(2008年)では,グラニースミスを抑えて最大の生産量(60,487t)となっている.また,IPLAの通常総会資料によれば,イギリス国内でのPLの栽培は行われていないものの,南アメリカなどから相当量を輸入しており,イギリス市場での流通量の8.6%(2010年)を占めている.

    3.国を越えた関係者の交流とクラブ制の特徴

    IPLAでは,毎年,各国の現状やプロモーション方法等を議論する総会を開催している(図1).2010年は日本(長野県)で開かれ,各国協会関係者40名が出席した(図2).ここでは数日間,会員が行動を共にし,ミーティングのほか,園地視察や開催国の文化に触れる機会等が用意されており,親交・親睦を深めている.会議の中では,権利侵害への対応についても話し合われ,その現状や対抗措置等についても報告されていた.
    また,『平成20年度 農林水産貿易円滑化推進事業輸出戦略調査報告書(ピンクレディー)』によると,ヨーロッパでは,2000年より苗木の販売と植え付けを制限し,生産量の抑制を図っている.1990年代末の生産のピーク時には年600haもの新植が行われたが,現在は年200haに減少しており,そのうちの多くは古い樹の改植である.これは,生産過剰に陥ることなく,市場価格を維持するための方策である.日本ではPLの栽培の許可を得てから,まだ日が浅く,会員数や栽培面積の増加,ブランドイメージの確立,販売先の確保等が課題とされているのに対し,PLの認知度や普及度の高いヨーロッパならではの対応ともいえる.
    これらの事実から,クラブ制においては,限られた関係者で利益を享受するための仕組み作りとしての数量・価格のコントロールや関係者の結束の強化,権利侵害への対応といった方法が戦略上,重要視されているのである.この点は,日本の関係者も今後,大いに参考にすべき点であるといえる.現在,クラブ制の先駆的存在であるPLの仕組みを模したリンゴブランドは,ヨーロッパや北アメリカ,オセアニアを中心に20を超えて存在しており,クラブ制の影響力の強さを示しているといえる.
    以上のように,クラブ制の世界的な普及は,農産物品種および商標の開発・管理はもちろんのこと,生産・販売・流通を統括する知的財産権の活用システムが,関係者の利益を担保するための有効なツールとして強く認識されていることと大きく関係している.また,そうした意味からもIPLA総会は利害関係の調整や情報交換を図る重要な場となっている.
  • 埴淵 知哉, 村中 亮夫, 花岡 和聖, 中谷 友樹
    セッションID: 611
    発行日: 2011年
    公開日: 2011/11/22
    会議録・要旨集 フリー
    近年では、大規模な社会調査や政府統計において回収率の大幅な低下が確認されている。回収率の低下が何らかの選択バイアスを伴う場合、得られたデータの分析結果やその解釈は不確実なものとならざるを得ない。そこで、まずその偏りの実態、言い換えると「一票の格差」の社会的・地理的状況を把握しておくことは不可欠である。また、回収率は調査研究への協力によって得られる一つの帰結であり、協調行動の性質や、学術研究に対する信頼性なども反映した指標と考えることも可能である。したがって、回収率の規定要因を探る基礎研究の重要性は高いといえる。そこで本研究では、回収率を規定する個人的および地理的な要因を探ることで、上記の課題に対して基礎資料を提供することを目的とする。分析に利用したデータは、JGSS(Japanese General Social Surveys: 日本版総合的社会調査)の2005年および2006年調査における回収状況データである。JGSSは、2000年から継続的に実施されている全国規模の反復横断調査であり、層化二段無作為抽出法によって調査地点および調査対象者個人を抽出している。同データでは、調査対象者との接触成功/不能、そして、協力獲得/拒否といった回収状況を記録した個票データが利用でき、さらに、抽出地点の都市化(修正都市雇用圏)およびジオデモグラフィクス(Mosaic Japan)コードが識別できるため(中谷・埴淵 2009, 埴淵ほか 2010)、これらの地区類型ごとに「接触成功率」と「協力獲得率」を算出して分析に用いた。分析の結果、接触成功率および協力獲得率は地区類型によって大きな差があり、従来指摘されてきた都市化の程度だけでなく、都市圏内の中心/郊外や、さらにはジオデモグラフィクスのような近隣特性によっても異なることが明らかになった。例えば2005年調査における都市雇用圏の分析からは、接触成功率と協力獲得率がともに最も低い政令指定都市の中心市において、小都市郊外の半分程度しか回収できていないことが示された(表参照)。このような傾向の一部は、調査対象者の年齢や性別の偏りによって説明されるものの、それらの個人属性を統制し、調査地点レベルでのサンプル間の相関を考慮したマルチレベル分析をおこなった結果においても、回収状況と地区類型の間には統計学的に有意な関連がみられた。
  • 埴淵 知哉
    セッションID: S1508
    発行日: 2011年
    公開日: 2011/11/22
    会議録・要旨集 フリー
    本研究では、不動産広告に表現される情報を材料として、軍港都市・横須賀の場所イメージの構造とその変遷を「住」の側面から明らかにする。広告内に表現される場所イメージは、特定の目的に沿って生産された選択性の高い情報と考えられるため、そこに含まれる「偏り」の中に、価値や評価の構造を読み取ることができる。そこで本研究では、場所イメージの生産者が、消費者に対してどのような情報を提示してきたのかを分析し、その中で軍港都市の諸要素がいかにかかわっていたのか、あるいはいなかったのかを検討する。不動産広告を収集する資料としては、『朝日新聞縮刷版』の朝刊を用い、1940~2009年の70年間を対象期間とした。季節性と曜日を考慮しながら、一定の基準に従ってサンプリング(抽出率約10%)をおこなったうえで、抽出した新聞記事の中から、横須賀市内に立地する物件の不動産広告を収集した。作業の結果、合計で150件の広告が資料として得られた。分析においては、まず、不動産広告における文字情報に着目し、場所イメージが言語的表現を通じてどのように書かれているのかを探った。具体的には、キーワードの出現頻度を集計し、場所イメージに関する内容分析をおこなった。その結果、横須賀市内に立地する住宅地の不動産広告からは、基本的に「軍港都市」と関連する場所イメージは、少なくとも直接的には抽出されなかった。出現頻度の高かった「海」「高台」「丘陵」といったキーワードは、横須賀が港湾都市として発展してきた地形条件を表現しているともいえるが、それはむしろ「景観・風景」「眺望・見晴らし」といった一般的に好ましいイメージに結び付けられており、抽象的な自然物として表現されていると考えられた。次に、広告内の視覚的表現として地図・図像データを取り上げ、軍港都市の各種施設や地物がどのように描かれるのか/描かれないのかに注目しながら、場所イメージの描かれ方を分析した。その結果、文字情報と同様に、地図・図像においても軍港都市の要素は基本的に描かれていなかった。例えば、イラストとして表現された海や港も、軍港としてではなく、レジャーを連想させるものとして描かれていた。このように、不動産広告において表現される横須賀の場所イメージには、軍港都市の要素はほとんどみられず、それは住宅地のイメージを商品化するうえで意図的に除外されていたものと推察される。
  • 大庭 雅道, 野原 大輔, 吉田 義勝
    セッションID: P728
    発行日: 2011年
    公開日: 2011/11/22
    会議録・要旨集 フリー
    温暖化により頻発化が懸念される異常気象・極端現象は、今後の適応策を考えていく上での主要関心事の一つである。日本域の異常気象はアジア域周辺の様々な大気海洋現象によって引き起こされる。これらの現象の温暖化に伴う長期的な変化と日本域の異常気象に与える影響は未解明であり、温暖化の適応策を検討する上での不確実要素となっている。複雑な挙動を示す日本域の異常気象の長期的な変化傾向を把握し、気候モデルによる温暖化予測の結果から異常気象の変化に関する情報を抽出するための新たな手法が必要である。そこで、パターン分類手法の一種である「自己組織化マップ」を導入することによって、日本域の夏季における過去の異常気象のパターン分類を行うと共に、その変化傾向を調べた。自己組織化マップは、様々な多変量データを予備知識なしに組織的に分類することができる非線形解析手法であり、異常気象の卓越パターンを既存の統計解析手法よりも的確に抽出できる可能性がある。本研究では、日本域夏季の気候場(外向き長波放射量偏差、気圧面高度場)に自己組織化マップを適用し、更にクラスター分析により分類結果をグループ化した。この結果、猛暑や冷夏、および梅雨前線の強弱に関連したパターンを抽出できた。さらに、分類された気候パターンの遷移を追跡することで、代表的な猛暑や冷夏時の気候場の挙動を視覚的に把握することができ、異常気象の発生状況の把握と要因の解釈において、自己組織化マップの有効性が示された。各パターンの長期の変化傾向を調べた結果、猛暑型や冷夏型の出現頻度と日本の夏季の平均気温との間に相関が見られた。猛暑型は解析対象期間の32年間(1979~2010年)で増加傾向にあり、前半に比べて後半では出現頻度が約1.5倍に増加していた。一方、冷夏型は約半数に減少していた。
  • 植村 善博
    セッションID: 420
    発行日: 2011年
    公開日: 2011/11/22
    会議録・要旨集 フリー
    2011年2月22日(火)クライストチャーチ市はM=6.3の地震に襲われた。この2月地震は震央が市南方約10kmと近く震源が地下約5kmと浅いこと,発生時刻が昼食時間帯にあたったことから,市内全域で多数の犠牲者や建物,インフラなどに深刻な被害が発生した。建物被害の実態とその発生要因を把握するために市域全域において調査を実施した。その結果,建物被害が地震断層の位置,地形条件および建物素材により支配されていることが明らかになった。 1)調査地域として,CBD,Riccarton Woolston, Redcliffs, NewBrighton, Mt Pleasant, Lytteltonの7地区を選んだ。前4地区はエイボン川とヒースコーテ川の沖積低地に位置し,後2者は地震断層上盤の基盤岩上に,NewBrighton,は海岸砂州に位置している。調査は建物被害と建築材料および地形との関係を中心におこなった。特に,市役所調査員により掲示された赤,黄,?高フ被害判定を採用した。被災指数は赤1,黄0.5,緑0として全調査数で除して100倍する宮村(1946)の方法により求めた。2)調査対象7地区における485の調査件数中,187件が被災しており被災率は39%である。このうち,赤は22%,黄16%,を占め,全体の被災指数は30であった。クライストチャーチ市域ではMM震度?\~?]に達したことは確実である。建物素材別の被害では,レンガ建築が被災指数50を示し,木造20,コンクリート21に比べて約2倍以上の高い値を示す。レンガ建築は赤指定が44%を占め,構造的に弱いレンガに深刻な被害が集中発生している。3)地震断層上盤に位置するPort Hill上のSt AndrewsおよびLytteltonでは被災指数が52および49と高く,かつレンガ建築の赤指定は41%および38%と極めて深刻である。基盤岩から直接強い揺れが伝播したと考えられる。一方,Port Hill北側低地のWoolstonとRedcliffsでは被災指数は21と6,赤指定は20%と1%であった。ここでは被害程度が丘陵地区の半分以下と低い。4)CBD地区西部では被災指数は27で赤指定が20%を占める。レンガの赤指定は47%と高く,コンクリートの赤指定20%,木造では15%に達しており,北側低地より被害程度は大きい。この原因として,地震断層の地表投影位置がCBD地区を東西に横断すること,耐震性の低い古い建物が多数分布していたことが考えられる。
  • 上杉 和央
    セッションID: S1506
    発行日: 2011年
    公開日: 2011/11/22
    会議録・要旨集 フリー
    近代化遺産のなかでも、赤れんが建物は全国で活用が進められている遺産の1つである。軍港都市各市にも赤れんが建物は残っており、なかでも舞鶴や呉は現在、積極的に「赤れんが」を活用する政策を展開している。本発表では、とくに舞鶴をとりあげ、「赤れんが」活用の取り組みの歴史と現在をとらえることにしたい。
  • 吉田 国光, 河村 洋子, 田中 尚人, 上野 眞也
    セッションID: P706
    発行日: 2011年
    公開日: 2011/11/22
    会議録・要旨集 フリー
    本発表では,中山間地域である天草市宮地岳町を事例に,農地の利用が維持されてきた様相を,「地域営農組織」や個別農家など様々な主体の果たす役割を検討することから明らかにする.とくに,農地利用の主体となる「地域営農組織」や個別農家などが,農業生産を経済活動としての役割に加え,村落社会という枠組みのなかでいかに展開し,当該地域の農地を維持していくうえで,それぞれが果たす役割について注目して検討する.<br>
    宮地岳町の農地面積は田で107ha,畑で10haとなるが,営農組合が全農地を請け負っていない.2010年現在,営農組合が請け負う農地は24.8haであった.その他の農地は個別農家によって耕作されており,離農農家の農地を周辺の農家が借地・作業受託することによって農地利用が維持されていた.ほとんどの農地貸借は宮地岳町内で行われており,借手と地権者には日常生活上の付き合いがあり,貸借契約のみに限定されたものではないことも貸借契約の継続に寄与していた.地権者としては「家産としての農地」を維持していくためには,耕作放棄地化は望ましいものではなく,貸借契約が解消される際には,それまでの借手が「新たな借手」を確保することを求めていた.現在,町内には少ないながらも専業農家や50歳代以下の農業従事者を有する農家がおり,「新たな借手」となっていた.しかし,新たな借手農家もこれ以上の借地の増大は難しく「新たな借手」は不足している.こうしたなかで,「新たな借手」を確保できない場合に,営農組合が当該農地を請け負っている.また営農組合は請け負う農地のほとんどを転作田とし,転作率を調整する機能も担っている.個別農家は自身の経営内で生産調整を行う必要がなく,全経営耕地に水稲を作付けし,経済活動として水稲作を行うことが可能となっていた.このように,営農組合が土地利用を調整することによって,個別農家の水稲作を中心とした借地経営を可能にし,個別農家と営農組合の双方が農地の受け手となることによって,町全体の農地利用が維持されていた.
  • 近藤 昭彦, 山口 英俊, 早川 敏雄, 下条 亮介
    セッションID: P737
    発行日: 2011年
    公開日: 2011/11/22
    会議録・要旨集 フリー
    福島第一原発群の一連の事故は大量の放射性物質が環境中に放出されるというあってはならない災害をもたらした。この様な事態に際して各機関で空間線量率のモニタリングが進められているが、多くは幹線道路沿いである。しかし、アスファルト上の放射能の減衰特性や森林への沈着などのため(IAEA、2006)、幹線道路以外で高い空間線量率が観測される可能性がある。そこで、GPSと連動した車載型空間線量率測定システムにより幹線以外を含む範囲の移動観測を行ない、従来得られていない空間線量率分布のモニターを試みた。最初の測定は7月1日~4日にかけて行った。
    空間線量率測定にはGEORADIS社製携帯型放射線量・成分測定装置ガンマー線スペクトロメータRT-30を用いた。GPSから位置情報を取得し、車で走行しながら連続的に空間線量率を計測できる。移動観測ではRT-30を車の後部座席に据えて車内で計測を行うが、車外の1m高の値を複数箇所で測定し、変換係数を求めた。
    計測結果はGoogleEarthのkmzファイルに変換し、三次元表示機能を活用して空間分布の解釈を行った。その結果明らかとなった重要な事項、仮説を以下に示す。
    ●太平洋流域と阿武隈川流域の地形分水界では南東側(第一原発方向)の空間線量率が高い。
    ●峠を境に空間線量率が大きく変化する。
    ●幹線道路沿いよりも、そこから入った山間部の方が空間線量率が高い傾向が見える。
    ●林道では非舗装区間で空間線量率が高いように見える(例えば伊達市小国地区)。
    これらの地域特性はIAEA(2006)で説明可能な事項も多いが、その詳細な解釈は次の課題としたい。
    放射能汚染に対する対策は全汚染域一律というよりも、地域ごとの自然地理学的、人文社会的特性に応じた対策が望ましい。今後も地域ごとの詳細なマッピングを進めるとともに、放射性物質のフォールアウトの状況、土地被覆ごとの沈着の状況に関する調査を進めていく予定である。今後の調査結果は順次以下のURLに掲載予定である。
                        URL: http://dbx.cr.chiba-u.jp/GDES/20110311/
  • 平 篤志
    セッションID: 510
    発行日: 2011年
    公開日: 2011/11/22
    会議録・要旨集 フリー
    本発表は,香川県東かがわ地域を中心に展開する手袋産業を事例として,地方地場産業企業群のグローカル展開の質的変容の特徴を明らかにする.東かがわ地域には,120社ほどの手袋関連企業が集積している.当地域における手袋生産は,1世紀を越える伝統をもつ.今なお国内シェアの90%(生産額)を占め,県が全国に誇る地場産業の1つである.当産業は国内市場に製品を供給するのみならず,海外への輸出用にも生産を行って,日本有数の生産基地として発展してきたが,1970年代以降国際競争の激化によって輸出市場が縮小し,内需へより重心をおく戦略展開が行われる一方,円高期以前の1970年代から積極的に海外展開を行ってきた.当初は,近隣の韓国,台湾に進出を始めたが,その後生産コストの上昇に伴い,中国が生産場所の中心となった.現在,グローバルネットワークの拡大と生産コストのさらなる低減を目指し,中国内陸部やベトナム,インドなどが進出地域に加わりつつある.一方,地場の東かがわ地域は,本社機能と製品の企画開発機能,一部高級品の生産機能,生産と流通の調整機能を維持し,手袋の街としての地域ブランドを保っているが,職人の高齢化もあり,専門労働力の育成が喫緊の課題となっている.また,発注元企業の下請的地位を脱するため,自社ブランドの育成も重要である.現在,組合を中心にしたエキスパート養成プロジェクト,地元商店街でのアウトレットショップの開店,また個別企業による大都市での専門小売店の設置といったあらなた試みが行われている.要するに,東かがわ地域の手袋産業は,今「地場」の意味と海外展開のありようの再考を求められているといえる.地場では高度な企画生産機能を維持し,海外展開では本社と海外拠点間での新たな連携構築が肝要である.その特徴は,「柔軟な戦略的協働関係」として捉えることができる.
  • 林 紀代美
    セッションID: P707
    発行日: 2011年
    公開日: 2011/11/22
    会議録・要旨集 フリー
    本研究では,当該地域(沖縄)で漁獲されない魚種(サンマ・サケ)を取り上げ,その流通・消費に注目し,地域の食卓への定着過程とその背景,活動の展開,供給地域との関わりを解明することを目的とする。これにより,沖縄の水産物流通・消費の特徴とその背景,日常の食生活をより深く理解できる。また,ある地域の食卓にある商材が定着する過程と必要性や可能性,利用にみられる地域性とその背景などに注目することは,各地での様々な商材の普及・定着の可能性の検討や,流通・消費を通じた地域間の結びつきと各地域・商品が獲得する位置づけや役割の検証にも資する。
    筆者は先に,全国の県庁所在都市世帯の水産物購入の組み合わせにみられる地域差を考察した(Hayashi,2003;林,2011)。沖縄(那覇市)の購入傾向の独自性として注目すべき点のひとつに,購入金額に占めるサンマ,サケ類の割合の高さが挙げられる。これが影響して,那覇市は東日本型の購入傾向に近いと分類された。
    沖縄(当時の琉球)で加工品ではない商材でのサンマが集荷され,普及しはじめたのは,1950年代末から1960年代初めである。当時の冷凍技術でも比較的流通状態が良好で,低単価でかつ効率よくタンパク質・脂質摂取が可能な食材であることから,冷凍サンマは主要貿易品目であった。一方,本土の水揚地域,関係業者としても,本土市場では扱いにくく低価格で取引されていた商材も出荷できるメリットがあった。復帰後には,本土からの人やモノの移動の増加の影響から,本土式の量販店・居酒屋の開業とそこを通じての本土の食材や献立の普及が進んだ。経済的事情,気候要件なども影響し,安価で周年調達可能な冷凍品は,ストック商材・販売促進商材として定着し,今日でもその役割は継承されている。
    サンマ・サケはともに,年間通じて量販店で15~30%程度の棚面積を占め,水産部門の主要商材となっており,県産水産物の棚面積の縮小に影響を及ぼしている。台風等の影響,経済的背景もあり,「四定条件」を満たす冷凍品の扱いは重要で,特売日のアイテムとしても位置付けられている。冷凍サンマ・サケは,低単価でボリューム感があることから,惣菜・弁当材としても重要アイテムとされている。多用される調理法も,沖縄の食文化や気候条件などが影響して,本土のような塩焼きは少なく,フライやかば焼きなどが主である。
  • 中川 清隆, 渡来 靖, 重田 祥範, 石塚 優貴, 榊原 保志
    セッションID: 220
    発行日: 2011年
    公開日: 2011/11/22
    会議録・要旨集 フリー
    ?T.はじめに
    我々は,2008年元旦以降,埼玉県熊谷南郊の大学学生寮(地上高約46m)の屋上と地上で気温の連続観測を継続している.従前は郊外夜間接地逆転強度(屋上-地上気温差)を市街地内に位置する熊谷地方気象台の降水量および風向・風速に基づいて解析してきたが,2009年12月中旬以降,現地における0.1mm転倒枡雨量,5.0mおよび2.4m高度風向風速,放射4成分の同期10分間隔連続が有効になった.欠測を含むものの1年半に亘る観測結果が蓄積され,夜間接地逆転強度と風速および有効放射の関係について予備的考察を行ったので,その結果の概要を報告する.

     ?U. 有効放射別,風速-接地逆転強度関係
    全76519データのうち,下向き短波放射計の出力が負値を示している期間を夜間とし,前12時間の0.1mm転倒枡雨量がすべて0の26877データを有効無降水夜間データとした.感雨計を装備していないので,熊谷気象台より無降水データを過大評価している可能性がある.図1(省略)は夜間接地逆転強度と風速の関係の有効放射別プロットである.最大接地逆転強度16.98℃/100mが2010年12月27日04:20に出現しており,そのときの気象は風速0.869m/s,下向き長波放射214.05Wm-2,上向き長波放射283.76Wm-2,有効放射69.71 Wm-2であった.気象台風速に基づく従前の解析における臨界風速約1.5m/sに比べると,郊外2.4m高度風速に基づく臨界風速は約1/2~1/3の0.8~0.5m/sに減少している.有効放射が80Wm-2を上回る強い放射冷却時には,相対的に強風の場合が多く,接地逆転はほぼ出現せず乾燥断熱減率に近いことが注目される.

     ?V. 10分平均有効効放射と夜間積算有効放射の関係
    接地逆転強度の非平衡性が,夜間接地逆転強度が明瞭な10分平均有効放射依存性を示さない原因の一つになっている可能性がある.図2(省略)は,10分平均有効放射(Wm-2)と日没後積算有効放射(MJWm-2)の関係を,時間帯別にプロットしたものである.日没直後は両者に直線性を認めることが困難であるが,20時台以降は比較的直線関係が存在するように見える.例えば,4時台の回帰式はy=0.0274x+0.6262となり,決定係数は63%を超える.日没後経過時間が大きいほど同じ10分平均有効放射でも日没後積算有効放射は大きくなり,接地逆転強度も大きくなる傾向があるので,夜間接地逆転強度に影響を与える因子としては,日没後積算有効放射の方が優れている可能性がある.図1を日没後積算有効放射別にプロットし直すと図3(省略)を得る.図1に比べると強接地逆転強度時に相対的に有効放射が大きいドットが増えるが,積算有効放射が大きいほど接地逆転強度が強いとは言い切れず,最大接地逆転強度出現時の日没後積算有効放射は2.87 MJWm-2である.

     ?W. 終わりに
    風速が同程度の場合には夜間接地逆転強度は明瞭な有効放射依存性を示す可能性があると想定して解析を行ったが,実際の関係はそれほど単純ではなかった.風速と日没積算有効放射が同程度であっても夜間接地逆転強度にバラつきが生じる原因は不詳である.季節変化・夜間時間変化や移流効果の検討が必要となる可能性がある.学会当日は,これらの点についての若干の検討結果もお示ししたいので,ご協議賜れれば幸甚である.
  • 大八木 英夫, HANG Peou, 塚脇 真二
    セッションID: 203
    発行日: 2011年
    公開日: 2011/11/22
    会議録・要旨集 フリー
    トンレサップ湖は、チベット高原東端の山岳地域に源を発する、広大な流域面積(795,000km2)を誇るメコン川の流域に位置する東南アジア最大の淡水湖である。 トンレサップ湖の調査は、カンボジアやその周辺諸国における長年の戦乱、内紛や政情不安などのため、水環境や生態系の現況について十分に行なわれておらず、かつての調査結果も散逸しているのが現状である。また、メコン川の水理特性と密接に関連しており、雨季にメコン川の水がトンレサップ川を通じて同湖に逆流し、水位変動に伴い湖の水質特性が季節によって変化することが予測される。したがって、学術上の希少性ならびに社会的重要性から,トンレサップ湖の理化学的特性の形成機構や生態系の維持機構を早急に評価することは必要であると考えられる 本研究では、メコン川やトンレサップ湖流域の河川水の流入・流出と湖内部での湖水の挙動が同湖の水温・水質の特性にどのように寄与しているかに注目して考察をする。
  • 海津 正倫, 小荒井 衛, 北村 恭兵, 杉本 昌弘, 田村 賢哉
    セッションID: 401
    発行日: 2011年
    公開日: 2011/11/22
    会議録・要旨集 フリー
    従来,陸上に遡上した津波が地形や構造物などとの関連のもとにどのような挙動を取ったのかに関する研究はほとんど行われていない.本報告では,2011年3月11日に発生した東北日本太平洋沖地震にともなう津波に関して,被災直後の空中写真にもとづいて仙台平野と石巻平野における津波痕跡を把握し,津波の流動を検討した.
    空中写真で判読された仙台平野と石巻平野の津波痕跡から,平野南部では平野の奥行きが浅く,遡上した津波は遡上限界に達したあと,折り返す形でまっすぐに海の方に向けて戻ったと考えられる.引き波(戻り流れ)は地形の低所を選ぶように流れるといった傾向を示し,タイでumitsu et al.(2007), 海津(2011)が明らかにしたのと同様に小河川河口部などが顕著な楔形に浸食された.これに対して,仙台平野の中部・北部では,平野の地表勾配が緩く,内陸に向けて遡上した津波の流れは地表の低い部分を選ぶような形で戻り流れをなしている.一方,石巻平野では海岸に向けてまっすぐに戻る流れはほとんど見られない.平野西部では,内陸から海に向けて戻る流れがかなりはっきりと見られるが,それらは東~東南東方向に流れており,海岸に対しては斜めに戻る形となっている.さらに,東側の平野中央部にかけての地域では,仙台平野と違って平野の奥でも東西方向,すなわち,遡上限界線に沿うように流れたことが示されている.石巻平野において東向きの流れが卓越している現象は,牡鹿半島の影響を受けた仙台湾北部における津波の侵入方向と関係する可能性があり,また,平野の地盤高やこの地域は地震によって東側が沈降するような地殻変動を受けていて,このような変動の影響が東に向けて流れる流れを強めた可能性もある.
  • 松井 圭介, 兼子 純, 大石 貴之
    セッションID: S1401
    発行日: 2011年
    公開日: 2011/11/22
    会議録・要旨集 フリー
    ?T 問題の所在と報告の目的
    地理学におけるフィールドワークの重要性は論をまたないが,大学院のカリキュラムにおいてフィールドワークを正規の科目として設置している大学は少ない。本発表では,前身校時代よりフィールドワークを大学院の正課教育として取り入れ,地域調査を学風としてきた筑波大学の人文地理学・地誌学教室を事例として,大学院におけるフィールドワーク教育の実践の検討を通して,フィールドワークの安全について考えてみたい。
    ?U 筑波大学大学院における野外実験
    筑波大学人文地理学教室と地誌学教室では,それぞれ毎年一週間にわたる野外実験を実施している。両分野に所属する学生は原則として,(履修の有無にかかわらず)野外実験に参加し,報告書(『地域研究年報』,旧名『地域調査報告』,同『霞ヶ浦地域研究報告』)に論文を執筆することが要求される(図)。 2011年度の人文地理学野外実験の場合,5/29(日)~6/4(土)にかけて,茨城県日立市および北茨城市にて実施し,教員3名・指導協力者(OB/OG)3名・大学院生37名の総勢43名が参加した。参加者は7つの調査班(農業班・漁業班・都市班・工業班・観光班・港湾班・居住班)に分かれてフィールドワークを行い,夜のゼミにおいて,成果報告とディスカッションを行った。
    ?V フィールドワークの支援体制
    幸いなことに,発表者の知る限り野外実験中に深刻な事故・事件が発生したことはない。フィールドワークの安全は幸運にもよるが,事前の準備・調整と現地における支援体制の構築によるところが大きい。現地調査は博士課程在籍の大学院生が中心的な役割を担うが,フィールドの選定や事前準備,現地との連絡・調整は教員が主体となって行う。フィールドワーク時における安全がいかに確保されてきたのか,発表者らの経験を交えて当日に報告する。 *本報告は,平成23年度科研・基盤研究A(研究代表者:村山祐司)「フィールドワーク方法論の体系化-データの取得・管理・分析・流通に関する研究-」による成果の一部である。
  • 志村 喬, 山縣 耕太郎, 梅津 譲, 半澤 武彦, 長池 裕美
    セッションID: P738
    発行日: 2011年
    公開日: 2011/11/22
    会議録・要旨集 フリー
    1.目的と調査方法
    2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震による地震動・津波・福島原子力発電所事故は,東日本の多くの学校に被害を及ぼした。報告者らは岩手県・宮城県・福島県内の沿岸地域を対象に,これら被害を受け,地理(社会科)教材支援が必要と思われる学校を特定するための緊急調査を実施したので,その結果を報告する。方法としては最初に,日本地理学会災害対応本部作成「津波被災マップ」並びに都道府県・市町村教育委員会情報等を基に,津波被害を受けた学校・原子力発電所事故で避難した学校をリストアップした。続いて6月中旬,現地観察調査とともに,被災地の学校(高校3校,中学校1校,小学校1校)並びに教育委員会(岩手県大槌町・宮城県石巻市)を訪問し支援希望について聞き取り調査を実施した。
    2.教材支援が必要と想定した学校
    リストアップしたのは3県34市町村のうちの小学校85校,中学校37校,高校20校であり,合計では142校となった(表1)。報告者らが入手可能であった情報に基づいていること,地域・学校により被災状況は様々であるため確定的な数ではないが,3県に限っても多くの市町村・学校が支援対象候補であることは明らかである。岩手・宮城県では津波による被災であり,教材等が散逸していたとしても同一もしくは近隣市町村の建物で学校は再開されている。一方,福島県の場合は,原発事故による避難地域指定に伴うケースがほとんどである。この場合,県立高校は避難生徒が多い幾つかの地域にサテライト校が設けられている。しかし,小・中学校の多くは,住民・子どもが分散して避難しているため実質的に存続・機能していない。
    3.地理(社会科)教材支援の希望例
    聞き取り調査からは,児童・生徒が使用する一般的な文房具や教科書(地図帳)はほぼ供給され,掛け地図など個別教科で使用する専門的な教材・教具が希望されていることが分かった。したがって日本地理学会や地図センターが実施している地理教育に絞った教材支援活動は,評価を得ている。しかし,地域によっては学校が機能しておらず,管轄教育委員会を支援窓口とするしかない実態がある。
    *本調査は,東京地学協会東北地方太平洋沖地震関連緊急研究助成「震災後の学校教育復旧・復興過程における地理授業支援策構築のための臨床的研究」(代表:山縣耕太郎)を受け遂行したものであり,成果は被災校支援活動を行っている日本地理学会大震災タスクフォース委員会及び日本地図センターに提供した。
  • 中澤 高志, 川口 太郎, 佐藤 英人
    セッションID: 607
    発行日: 2011年
    公開日: 2011/11/22
    会議録・要旨集 フリー
    報告者らは,2010年9月に, A大学・大学院を1994年3月~1999年3月に卒業・修了し,調査時点で東京圏に居住していた男性3,500人,女性1,000人に調査票を配布し,全体で628人(14.2%)の回答を得た.このうち,高校卒業時の居住地も東京圏内であった人は81.4%に上っており,対象者の大半は「郊外第二世代」といえる.なお,A大学の2009年度入学者の東京圏出身者比率は約65%であった.特定の大学の卒業生を対象としていることや,「郊外第二世代」に偏ったサンプル構成になっていること,調査票の回収率が高くないことなどにより,本稿が提示する知見は「郊外第二世代」の居住経歴の一般像を示すものではない.しかし後の研究にとっての橋頭堡としての役割は果たし得ると考える.
    対象者の11%が単独世帯を形成する未婚者,9%が親と同居の未婚者,17%が子どものいない既婚者,61%が子どものいる既婚者であった.未婚者では,30歳代となった現在でも実家に住んでいる例がかなりみられる.既婚者の結婚以前の居住経歴をみても,結婚が離家の重要なきっかけとなっていた.一方既婚者の57%はすでに持家を取得しており,結婚から比較的短期間で持家を取得する傾向にある.子どもがいる世帯では,戸建持家に居住する世帯が集合持家に居住する世帯を上回っており,子育ての場としての戸建住宅の人気は根強いようである.既婚者について,大学卒業直後,結婚直前,結婚直後,現在の各時点について居住地の分布を比べると,いずれの時点でも大半が都心から40km圏内に分布しており,ライフコースの進展にともなう居住地の郊外化は不明瞭である.都心から40km以遠に持家を取得した例は少なく,とりわけ集合持家居住者は東京都区部に卓越している.親と同居をしている既婚者は7%に過ぎないが,既婚者の39%は夫婦いずれかの親の住まいから5km圏内に居住しており,これを10km圏内に広げると54%に達する.非大都市圏出身の「郊外第一世代」は,親を出身地から呼び寄せない限り,大都市圏内での近居は不可能であった.これに対して「郊外第二世代」では,大都市圏内で居住地選択をする際に親の住居の位置が一つの参照軸となり,居住地選択にかなりの影響を及ぼしているとみられる.こうした点に留意しつつ,当日の報告では対象者の居住経歴についてより詳細な分析を披露したい.
  • 曽我 とも子
    セッションID: 308
    発行日: 2011年
    公開日: 2011/11/22
    会議録・要旨集 フリー
    厳島神社は広島県廿日市市宮島町の海上に造営された珍しい神社である。厳島神社には、厳島の中心となる神の山と崇められてきた弥山を源流とする御手洗川と白糸川の両河川が流れ込んでいる。厳島神社本殿の裏の森である後苑は、祭神が紅葉谷(御手洗川)を通路とし、弥山から本殿へ出現するという信仰に裏付けられ、神聖な場所として人の出入りを禁じ、不明門は神の通る門であって絶対に開いてはならないとされている。
    厳島神社において、最も盛大な祭りのひとつが、旧暦6月17日の夕刻から深夜にかけて船上にて管絃を奏する管絃祭である。この日の日没後、北斗七星は厳島神社本殿の前方(西北)に、南斗六星は社殿後方(南東)にくる。西北は八卦の乾(☰)にあたり乾は陽の気の集まった最も純粋な「陽」である。ゆえに西北は万物を生み出す光の元でもあるを象徴する方角とされる。さらに旧暦6月は、北斗七星の柄(剣先)は十二支の未を指している。未とは万物が実り豊かに滋味をもたらすさまをいい、易(後天八卦)では坤(☷)であり、坤は純陰でを表す。この日、弥山の祖神は紅葉谷を通り不明門から厳島神社本殿へと入る。では、その時に管絃を伴うのはなぜか。
    厳島の管絃は、雅楽と呼ばれる伝統的な古典音楽で、舞を伴わない合奏である。『史記』「楽書」には、楽の和は天地間の和の気を受けたものであり、和を合する作用があるため万物が生まれ、節序があるため四季における陰陽の気が1年12ヶ月の順序を決める。楽は天の道理によって作られ、陰と陽の和合は、五行を順当におこない季節をなめらかにすることで五穀豊穣となすとしている。
    管絃祭のすべての神事の終る23時頃には、社殿背後(南東)から十七夜月が顔を見せる。満月に合わせた管絃祭が十五夜(15日)でなく十七夜(17日)としたのは、北斗七星にちなんだものと思われる。北斗七星は、農耕の基準である季節を指し示し、海上生活の方角見にとっても重要視されていた。
    旧暦6月17日の夜は、山の神(陽)と水の神(陰)が出合い、天(陽)と地(陰)が楽(管絃)によって和合する日であり、厳島管絃祭は、五穀豊穣と航海安全を願う祭りと考える。
  • 太田 孝
    セッションID: 303
    発行日: 2011年
    公開日: 2011/11/22
    会議録・要旨集 フリー
    1.はじめに
     修学旅行は日本人誰もが青少年期に経験する,一種の「通過儀礼」ともいうことができ,日本人の旅行文化を考える上で必須のテーマである(白幡1996).日本人の旅行スタイルの特徴は,団体型と語られることが多いが,その淵源は修学旅行にあるのではないか.日本は戦後「マスツーリズム」と表現される旅行ブームを現出し研究蓄積も多いが,その多くが成立要因を経済成長,インフラ整備,余暇時間の増大に求め,研究対象の時代は1960年代以降を中心としている. しかし,ツーリズムは社会環境などの外的要因のみによって形成されるものではなく,人びとの心の中に旅に対する萌芽があって始めて環境変化の状況に対応していくものである.それを作り上げてきたものは何なのか.この視点での研究の蓄積は少ない. 昭和前半期において,組織的に旅行(=非日常)を体験したのは子どもたちであった.この非日常体験による情報は,本人たちはもちろん父兄や地域社会にも大きな影響を与えたと考えられる.このような問題意識を持つと,戦後におけるツーリズムの発展を考察するには,人びとの「行楽・旅行行動に関する意識形成」の過程をとらえて論じる必要があることに気がつく.これらの問題意識と仮説のもとに,現在の日本のツーリズムの基盤形成をなしたと考えられる,1920年代半ばから高度経済成長期にさしかかる1960年を,誰もが経験した修学旅行を通して,次の2つの考え方で考察を進めた.
    2.研究の視点と方法
     第1に,「旅行」は,他の『物理的形態を有する消費財』に比して,造成(生産)から消費に至るまでの過程で,人的要素に依存するところが大きい.従って,修学旅行を的確にとらえるには,供給側(修学旅行受け手側)と需要側(修学旅行送り出し側)の両面からの考察が必要である. 第2に,「意識形成」をとらえるには,社会の変動を制度やイデオロギーの変化のみではなく,庶民の生活感の側面からもみることが必要であり,フィールドに深く入り込むことが求められる. 修学旅行に関する既存研究の探索を進めたが,同時代の日本人の精神文化形成をとらえるには「学校行事」に枠を広げることが必要との結論に達した.学校行事に関する既存研究をベースとして,国家体制や社会情勢・世相との関係をフィールドにおいて具体的事例で検証を積み重ね,「学校」と「地域」の関係を描き出すことで,学校行事が地域文化形成に与えた影響について明らかにできる.このような基本姿勢で本研究の企図するところに応えうる一次資料の発見に努め,3ヶ所で一級と目される資料を発見した.
    3.研究対象と得られた知見
     第1ステップは,具体的事例を検証しながら,「学校」と「地域」の関係を明らかにすることである.「修学旅行送り出し側」として『昭和の大合併前の村(三重県東外城田村)』と『戦前伊勢修学旅行を実施していた小学校(愛知県新城小学校)』を選定した.東外城田村では,村(行政・地域)と学校行事が一体化されており,学校と地域の濃密な関係から,小学校の地域文化形成への影響の大きさが明らかになった.新城小学校では,当時の「学校日誌」と「学校文書綴」を資料として学校行事を中心に分析を進めた.情報量が現在と比較して格段に少ない中での子どもたちの修学旅行という非日常の体験が,想像以上に大きな影響を家族や地域社会に与えたであろう背景を,具体的事例をもとに描き出すことができた.次に,この『非日常の体験』とは具体的にどのようなものだったのか.「修学旅行受け手側」の伊勢をフィールドとして考察し,当時の修学旅行の伊勢における誘致手法が戦後の旅行業の団体営業のモデルとなるとともに,団体型周遊旅行の基礎をつくりあげ,『本音と建て前』の旅行行動意識が存在したことなどを指摘したが,詳細は発表時に報告する
    4.今後の課題
    戦後の修学旅行に関しては,研究機関の設立などもありその成果が蓄積されてきている.しかし,戦前に関しては,都道府県または学校単位での記録はあるものの「修学旅行史」の域を出ないものが多い.本研究を端緒として,修学旅行が日本のツーリズムの基盤形成に大きな影響を与えたと考えられる戦前に関する資料探索と,さらなる研究を今後の課題としたい.
    参考文献:白幡洋三郎 1996.『旅行ノススメ 昭和が生んだ庶民の「新文化」』 中公新書 中央公論社
  • 赤沢 正晃
    セッションID: 312
    発行日: 2011年
    公開日: 2011/11/22
    会議録・要旨集 フリー
    1. 研究の目的
    地理学の基礎資料となる地形図等に関わる「地理空間情報活用推進基本法」が2007年8月施行され、日本で公的に発行されるすべての地図はデジタル化されて供給されることになった。
    航空写真による地図作製は衛星写真や航空レーザー測量、そして水面下の地形を3次元計測する技術の実用化など、より進歩し続けている。地上測量においては自動で3次元データを取得するレーザースキャナが供給されている。しかし、機器の価格が高価であることと、ソフトウェアに柔軟性がないなど多少の改善すべき点が残されているが、今後期待される機器である。企業のほとんどは小規模経営で、デジタル化に対応した新たな機材導入と、技術者養成のための資金的問題が内包されており、法律制定が行われても地図作製を担う多くの企業にデジタル化が浸透していないのが実状である。本研究の目的は、地図のデジタル化に本格的に取り組みかねている一企業の実状を捉え、GIS・GPSの利用を見越した今後の展望を行う。なお、小規模企業の経営にプラスの効果を及ぼすであろう簡易GPSの精度と活用の有効性についても、実験を実施して検証する。
    2. 研究方法と目的
    デジタル地図作製においては、大企業中心に航空写真などを用いた広域的な作製方法が主流である。しかし写真では判読できない箇所は現地調査により補足するのであるが利便性の高い機器は今のところ見当たらない。そこで簡易GPSが計測器としてどの程度の縮尺の地図に利用が可能となるかの限界を探る。これらの得られた成果から大縮尺デジタル地図を効率よく作製するための小規模企業を取り巻く環境に恒常的になじめる技術的方法を見極め、小規模測量・地図作製企業の能力、つまりそこに所属する技術者数・保有機器・資本力で可能となり得るシステムに導くこととする。
    3. 簡易GPSの検証と分析
    これまでの検証で1/2,500地図に使用可能と考えられるデータを取得しているが、安定性に不安があった。そこで計測器本体を改良する必要があるかを検討する。次に観測環境として天空に障害物がない河川敷公園と障害物がある樹林内の公園を選び、更に数値的な差を求めるために街区基準点のある道路上において繰り返し検証を行った。
    その結果観測方法を注意することにより縮尺1/1,000に迫る精度と安定した線形を取得することができた。 
  • 小元 久仁夫, 中村 俊夫
    セッションID: 414
    発行日: 2011年
    公開日: 2011/11/22
    会議録・要旨集 フリー
    昨年宮古島南東部の宮渡崎太陽泉で石灰華段丘堆積物を採取し、β線法とAMS法で14C年代測定を行った(小元ほか, 2011)。その結果、β線法とAMS法による測定年代がよく合う場合と乖離した場合があった。そこで年代がくい違った原因について検討し、研究目的や試料によりβ線法とAMS法のいずれを選択すべきかについて考察した結果を報告する。
  • 茅根 創
    セッションID: S1405
    発行日: 2011年
    公開日: 2011/11/22
    会議録・要旨集 フリー
    野外活動(フィールドワーク)は,室内実験とは異なる様々な危険を伴い,時には重大な事故が発生する.しかしながら大学においては,これまで,野外活動における事故は本人の自己責任という認識があったことは否めない.研究は個人の興味に基づいてやるものという考えからそうした認識が生まれ,大学という研究者個人の自立的な責任を尊重する価値観の中で,組織としての責任は忘れられがちであった.しかしながら,大学における研究も研究指導者のもとで行われる以上,安全管理や事故防止も個人の責任に帰すことはできない.法人化以降,社会にとっては当然であった組織としての責任が,法的にも問われるようになった.
    そうした中で東京大学では, 2005年7月に潜水調査中のリサーチフェローが溺死するという不幸な事故が発生した.この事故を受けて,事故の原因解明を徹底的に進めるとともに,事故防止と安全管理の体制を作るため,学内の野外活動に従事する教職員が半年にわたる議論と作業を行い,「東京大学の野外における研究教育活動に関する安全衛生規程」を策定し,冊子「野外活動における安全衛生管理・事故防止指針」をとりまとめた. 「規程」は,部局長が野外活動の安全確保に責任を負うことと,野外活動に参加する者は,規程や指針,責任者の指示を守り安全を遵守する義務を負うことを明記した.確認のために,野外衛星管理計画を策定し,調査の前に届け出ることを定めた.「指針」は,規程に従ってその内容をわかりやすく説明するとともに,より具体的に準備と現地における注意事項,事故発生時の対応,危険・有害な動植物への対応,救急処置と野外で必要な医学的知識を,100ページほどの小冊子にまとめたもので,野外活動を行うすべての教職員に配付されている.
    この事故では,潜水調査について法的資格をとらせていなかったことから,大学が労働安全衛生法違反で送検された.さらに指導教員の責任を問うて,遺族の告発も行われた.法人化と社会的認識の変化によって,大学や指導教員の責任が法的にも問われることが明白になった. 学生の野外活動が労働安全衛生法の枠にかかるかは不明である.しかし,指導者のもとで野外活動を行う以上,教職員に準ずる安全管理を行うべきである.さらに,これまで積極的には外部に公表されなかった事故の情報を,事故防止のために共有すべきである.
  • 遠藤 幸子
    セッションID: 314
    発行日: 2011年
    公開日: 2011/11/22
    会議録・要旨集 フリー
    ドイツの港湾研究の第一人者であるHelmut Nuhnの2つのレインジという観点について紹介し、これを実際の港湾研究において、どのように応用するかについて考察した。これと並行して、フランス近世史の深沢克己による港湾都市研究についても触れ、沿海岸港と河口内港に分けて考察することの意義は、特にドイツの港湾研究においても有効であることを実証した。ドイツの港湾研究において、後者が軽視されてきたことが、ドイツの港湾の全体像を把握することを困難にしていると思われる。エルベ川、ヴェーザー川、トラーヴェ川、ヴァルノウ川の河口部と上流部で、それぞれ港湾機能の変化について比較するという南北方向のレインジを新たに提唱したい。
  • 山内 昌和
    セッションID: 609
    発行日: 2011年
    公開日: 2011/11/22
    会議録・要旨集 フリー
    本研究では、1995年、2000年、2005年の日本における外国人女性の合計出生率を推定し、欧州諸国との比較によって日本の特徴を明らかにするとともに、都道府県別の外国人女性の出生率の地域差についても検討する。 1980年代後半以降、日本では外国人が増加している。外国人の増加には、かれらの家族形成行動を通じて日本の人口に影響を及ぼすという面がある。しかしながら、人口動態統計では母の年齢別・国籍別の出生数が表章されていないため、日本では外国人女性の出生率の検討はほとんど行われてこなかった。本研究では,既存の統計からTFRを推定するための手法を利用することで、日本の外国人女性の出生率について検討する。その際、統計によって外国人人口の規模が異なることを考慮し,国勢調査の外国人人口を利用した場合(以下、ケース1)、および在留外国人統計の外国人人口を利用した場合(以下、ケース2)のそれぞれについてTFRを推定することとした。主な結果は以下の通りである。 ?@日本では、欧州諸国に比べ、外国人女性の出生数が出生数全体に占める割合は低い。 ?A日本における外国人女性のTFRは、1995年、2000年、2005年の順に、ケース1で1.53、1.39、1.13、ケース2では1.26、1.01、0.82であった。ケース1とケース2で約0.3ポイントの差がある。 ?B同期間の日本人女性のTFRは1.40、1.35、1.26であり、欧州諸国でみられるような外国人女性のTFRの方が高く、おおむね2.00を超えるというような状況にはない。ただし、国籍別にみれば、日本の外国人女性でも高いTFRを示す場合がある。 ?C国全体のTFRに対する外国人女性のTFRの影響が小さい点は日本も欧州諸国と類似するが、国全体のTFRを上昇させるよりもむしろ低下させる効果がみられる点が日本の特徴である。 ?D国勢調査の15-49歳女性の有配偶割合とケース1のTFRとの関連を検討したところ、有配偶の外国人女性の平均出生数が有配偶の日本人女性より少ないことを示唆する結果となった。 ?E外国人女性のTFRの地理的パターンは、1995年の東北地方で高いパターンから2005年の関東地方や東海地方で高いパターンへ変化し、ほとんどの都道府県で日本人女性のTFRを下回るようになった。
  • 御園 理紗
    セッションID: P712
    発行日: 2011年
    公開日: 2011/11/22
    会議録・要旨集 フリー
    1.研究の背景と目的
    1975年に伝統的建造物群保存地区制度が制定されて以来、多くの歴史的町並みでは建築物の修理修景や道路の石畳化などが実施され主に日中の景観に焦点を当てた整備事業が行われてきた。しかし、近年になると一部の地域では夜間の観光地化政策や街路灯の老朽化による街路灯整備事業が行われており、徐々に夜間景観にも焦点が当てられるようになっている。そこで、本研究では川越一番街を事例に歴史的町並みにおける常時とライトアップイベント開催時の各々について夜間景観形成の実態を調査し、その問題点や今後の課題、また事業の実施よってもたらされ得る効果について分析を行うことを目的としている。
    2.町並みの夜間景観形成の現状と課題
    2007年、街路灯整備事業により新設された街路灯は安全面だけでなく町並みの景観に配慮した構造やデザイン、光色などの工夫がなされている。観光客を対象に行ったアンケート調査で町並みの夜間景観に対する評価が上がったことから、街路灯は夜間景観を形成する重要な一要素であるということが明らかになった。また、個々の建築物ごとの照明方法について現地調査の結果からは、店舗の業種や建築物の種類によって異なった傾向が見られこれらは商店間で夜間景観に対する意識の差が要因として考えられる。
    3.ライトアップイベントの開催とその効果
    1982年より伝統行事の一つとして、毎年7月下旬の土日2日間で「川越百万灯夏まつり」が開催されている。町並みのライトアップには提灯を主に用い、イベント開催時は多くの店舗で営業時間を延長しているため個々の建築物の照明による効果も合わさり統一感のある夜間景観が形成されている。
    4.結論
    川越一番街では街路灯整備事業の実施により町並みの夜間景観の質は向上したものの、常時においては個々の建築物による夜間照明の取り組みに差が見られ町並み全体の魅力的な夜間景観は形成されていないが、ライトアップイベント開催時は商店街全体で取り組みが行われ統一感のある夜間景観が創出されている。この違いは夜間景観に対する合意形成がなされているか否かによるものであると考えられ、今後常時において夜間景観の魅力を高めていくためには合意形成が重要であるが地域住民の住環境への影響や照明器具の設置費や電気代などの経費の問題などが存在し、短期間で行われるイベントと比較して合意を成すことは難しい課題である。
  • 志村 喬
    セッションID: 102
    発行日: 2011年
    公開日: 2011/11/22
    会議録・要旨集 フリー
    1.問題意識と目的
     2011年度より施行されはじめた新学習指導要領の地理的領域・内容においては,地誌的学習が再び重視されている。この事態は,日本のアカデミック地理学における地誌学の現状と対照的である。報告者が研究してきたイギリス(イングランドを本稿では指す)は,他の欧州諸国同様に地理科・歴史科という分科型社会系教育課程を採用していることもあり,アカデミック地理学思想の影響が学校地理教育に強い影響を与え,その典型は1960年代末~70年代初頭における「新しい地理学」による中等地理教育の革新であった。1980年代~1990年代は,中央集権的・非アカデミックな共通カリキュラム策定・施行により地理学思想の直接的影響は減じていたが,カリキュラム改訂により弾力的運用が可能となった2000年以降は,再び強い思想的影響がみられるようになっている。本発表は,現在施行されている前期中等地理カリキュラムである「ナショナル・カリキュラム地理(2008年版)」等における地誌学習にかかわる鍵概念をとりあげ,現在のイギリス地理教育にみられるアカデミック地理学思想の影響を報告しながら,そこでの地域と地誌学習の捉え方について論究することを目的としたい。
    2.地理カリキュラムにおける概念の記載
     イギリス地理教育カリキュラムは,「新しい地理学」の影響を受け1970年代に地誌型(regional)カリキュラムから系統(systematic)地理型カリキュラムが主流となり,地理学習内容として事実的知識に加え概念的知識や技能が重視されるようになった。1980年頃には環境・社会問題を学習対象とした課題型(issue based)カリキュラムと並んで,概念的知識を学習対象とした概念型(conceptual)カリキュラムも類型としては唱えられるようになった。このように地理教育カリキュラムで多くの地理的諸概念が提起・重視されていった結果,とりわけ重要な概念は鍵概念(key concept)として明示されるようになった。特に最新版である2008年版カリキュラムは7つの鍵概念を,学習対象としてではなく,教師の授業構成のための方法概念として明確に提示した概念主導型カリキュラムであり,教師には概念を基礎にした創造的な地理授業づくりが求められている。
    3.「地域」から「場所」「空間」「スケール」へ
     2008年版の鍵概念に,日本の地理教育及び地理学で伝統的に重視されてきた「地域(region)」が含まれていないことは驚かされる。regionの喪失は,地理教育改革が進んだ1980年代以降の米国や,国際地理学連合地理教育委員会が1990年代以降に制定した地理教育憲章と比較しても,際だった特徴である(表1)。 この消えた鍵概念regionに代わるものは,place(場所)/space(空間)/scale(スケール)である。代替の理由は地理学における空間論・場所論,並びに教科教育学における(社会)構成主義理論に求められると考えるが,とりわけ前者に関しては,アカデミズム地理学研究者と地理教育関係者の対話が必要であり,本報告はその端緒を企図している。
  • 安里 進
    セッションID: S1106
    発行日: 2011年
    公開日: 2011/11/22
    会議録・要旨集 フリー
    近世琉球の乾隆(元文)検地(1737~50年)では、高精度で詳細な測量が行われた。その成果として約1/3000の「間切島針図」と各種の測量帳簿が作成され、再測量に備えた印部石(測量図根点)が各間切・島に大量に設置された。明治26年(1893)に、「間切島針図」と各種測量帳簿を見た笹森儀助は、「如斯明細絵図ト帳簿ト完備セルモノ、恐ラクハ往時三百余藩ニ冠タリ」(『南島探検』)と絶賛した。しかし、琉球王国の測量術は王国の滅亡とともに実態不明のまま忘れ去られた。 1980年代から琉球の測量術への関心が高まり、90年代初期までに測量術の解明が進んだ。その後、研究の停滞期をへて2000年代に入って相次ぐ新資料の発見などで、再び展開期を迎えている。 近世琉球の測量術と地図製作は独特である。磁石利用の独自の測量器、十二支を384分割した分度法、「子下小間左少上寄」といった漢字による角度表記、印部石ネットワークの設置、トラバース法による測量、三斜法による求積などの特徴がある。「間切島針図」は、一分五間縮尺(約1/3000)で縦横2m近い極彩色の地図である。海岸線・間切境界・道路・河川・杣山・田畠山野屋敷の境界・公共施設などが記載され、とくに田畠山野屋敷境界や間切境界は実測した無数の測点と測線で正確に描かれている。その精度は、1948年米軍地形図(1/4,800)とほぼ一致する。1742年頃の「今帰仁旧城図」は、現在の同グスクの航空写真測量とほとんどずれがない。 1796年には、間切島針図を縮小編集した「琉球国之図」 (沖縄諸島図)が作成された。いくつかの間切島針図の集合図である「間切集成図」はその作業途中図と考えられる。 近世琉球の測量技術や地図製作を日本・中国・朝鮮との比較する作業が今後の課題になる。また、「間切集成図」や「琉球国之図」のGIS活用は、一部で試験的に試みられており、かなり有望だといえる。
  • 加藤 政洋
    セッションID: S1504
    発行日: 2011年
    公開日: 2011/11/22
    会議録・要旨集 フリー
    軍港都市とは、鎮守府ならびに海軍工廠の設置を端緒として、固有の空間編成が生産された、軍事に特化した港湾施設ならびに生産機能を有する都市空間として位置づけることができる。また軍港都市には、消費都市としての側面があることも忘れてはなるまい。 軍港都市における消費のあり方は、近代期の他都市とはいくぶんその性格を異にしていた。端的に言って、それはセクシュアルな領域と密接に関わるとともに、まさにその領域で独自の慣習や様式をも生み出していたのである。すなわち、心寂しい寒村を下地にして編成される軍港都市は、その日常を軍事的な規律・訓練によって生きる男性たちの特異かつ種別的な需要(欲望)にもとづく空間形成の過程ないしその帰結としても捉え返すことができるのではないだろうか。本発表では、この点を軍港都市に固有の空間編成の一面として捉え、「消費の空間的分化」という観点から検討してみたいと思う。消費の空間的分化とは、差異化/差別化された需要に応じて消費の場が分化し、さらには専門特化する過程ないし地理的な布置状況を意味するものである。重要なのは、分化した空間とその布置は、消費する側の社会性(たとえば階梯的な関係性や男性に特化したジェンダー関係とマスキュリニティ)を再構成し強化することもあるという点である。つまり、需要にもとづいて一方的に都市空間が形成されるというのではなく、空間的分化が新たな消費欲を呼び起こしたり、消費や遊蕩の行動様式を規定したりすることもあるということだ。 こうした問題関心から、本発表では海軍用語を参照しつつ 、都市景観を構成する諸空間――具体的には、遊廓、料亭、花街、繁華街――に軍港都市固有の消費の諸相を読み込んでみたいと思う。
  • 水野 惠司
    セッションID: P710
    発行日: 2011年
    公開日: 2011/11/22
    会議録・要旨集 フリー
    メキシコの義務教育期間である小中学校における地理教育の内容を、メキシコ公教育省が定めた教育課程と教科書からその特徴を明らかにした。地理の内容は統合科目の中で、小学校1,2年生において、児童の身の周りから近隣地域の範囲の地理事象を学習し,3年生において、児童が住む州の地理事象を学習する。独立科目「地理」は4~6年生で、週1.5時間学習する。4年生ではメキシコを5,6年生で世界を学ぶ。中学校では「メキシコと世界の地理」が中学校1年生に週5時間ある他,歴史地理の統合科目「州」において地理的内容を学習する。地学的内容は地理に含まれている。
    「地理」の教科目標は,地理的能力として定義され,小学校では1)地理情報を処理する,2)多様な自然の価値を認める,3)多様な文化の価値を認める,4)社会経済的差異に対する意識を獲得する。5)空間の中での生き方を知る,と定義される。中学校での地理的能力は,1)地理的空間を知り,地図と地理情報を利用し,地理学習の大切さを知る。2)大地の動きと地球システムを理解し,持続的発展のための自然資源,生物多様性,環境保護を考える。3)人口の特徴を経済,社会,文化的にとらえ,人口の諸問題を考える。4)地球規模の経済空間を地理的に分析し,国家間とメキシコ国内の不平等について分析する。5)文化的多様性と文化遺産を尊重し,国際機関,国境,紛争,人類集団間の社会経済文化政治的意味について考える,と設定されている。
    小中学校とも、位置、分布、多様性、時間性、関係という5つの地理的な見方と考え方があり、この中では、多様性というメキシコの多文化・民族・言語社会の国の独自性を反映しているが、地域性の概念は見られない。
    メキシコの小中学校地理教育は,教科目標である地理的能力育成に焦点をあて,具体的には国内外の諸問題の認識や解決に向けた行動のための内容構成としている。それは学問としての系統地理学的を基礎とするが、網羅的ではなく,メキシコ各地や世界各地を対象とした地誌は含まれない。
  • 花岡 和聖
    セッションID: S1502
    発行日: 2011年
    公開日: 2011/11/22
    会議録・要旨集 フリー
    本研究では、明治後期から大正軍縮期までを対象に、近代日本の軍事的・社会経済的動向を踏まえつつ、海軍志願兵の志願者の地域差とその経年変化を明らかにした。特に日露戦争期の志願者数の急増に着目した。
    本研究で得られた研究成果は、以下のように整理できる。
    ?@海軍志願兵の志願者数は、日露戦争期に急増し、その後、政治経済的動向を受けて上下変動を繰り返した(図1)。特に日露戦争期に志願者数が急増し、その熱狂の「波」は東日本から西日本へと波及した(図2)。志願兵の合格率は、明治後期の30%代から大正期には50%を上回り、学力や栄養状態の改善とともに合格率は上昇した。
    ?A志願兵の合格者の内訳をみると、対象期間を通じて農業従事者 が60%以上を占め、農村地域が海軍志願兵の供給を担っていた。ただし、日露戦争期には、商工業者の割合が一時的に増加した。
    ?B府県別に志願兵の志願率をみると、明治後期は関東地方で低く、東北や四国・中国、九州地方で顕著に高い傾向が確認された。大正期に入ると、近畿地方でも志願率が低下し、大都市を含む府県とそうでない府県での差が確認される。この時期、志願率の格差は縮小傾向にあるが、要因分析の結果を鑑みると、その主要因は地域間の経済格差の縮小であったと考えられる。
    ?C日露戦争期に着目すると、増加率は、1904年(明治37)に東日本でまず増加し、翌年に西日本で増加するといった空間的拡散を確認できた。それ以外の大半の年次の増加率には、統計的に有意な地理的パターンを見いだせなかった。一方で、日露戦争期、志願率の地域差は大幅に縮小し、その後もその地域差は維持された。
    ?D志願率の地域差を規定する要因を分析したところ、志願率は粗付加価値額で表される府県の経済状況に強く影響を受け、特に大正期の好景気になるとその傾向は顕著になった。以上から志願兵への志願は、地域の雇用機会と密接に関わり、海軍志願兵は不景気における雇用機会の一つであったと考えられる。
    ?E志願兵と九州及び中国・四国地方との結合関係が両地方で拮抗するようになった。同時に、東京と大阪を中心とした「都市―農村」や「中心―周辺」といった地域構造が当時形成されつつあり、志願率の地域差もその枠組みに準拠するように変化したと考えられる。
  • 若林 芳樹, 久木元 美琴, 由井 義通
    セッションID: 503
    発行日: 2011年
    公開日: 2011/11/22
    会議録・要旨集 フリー
    沖縄県は,大都市圏外にあって例外的に多くの保育所待機児童を抱えているが,その背景には,出生率,女性就業,米国統治などの面で,他県にはないローカルな事情がある.こうした沖縄県の保育の特徴を捉えるには,地域内での保育サービスの相互関係を検討する必要がある.本研究は,待機児童問題が深刻な浦添市を事例にして,保育サービスの供給と利用からみた地域的特徴を明らかにすることを目的とする.本研究で使用する,認可保育所と幼稚園での保育サービス供給に関する情報は,浦添市役所と同市のWebページなどから収集し,認可外保育所については市内の団体への聞き取り調査を行った.保育サービスの利用については,市内の保育所を利用する母親を対象にアンケート調査を実施し,認可保育所は1,163人から,認可外保育所は259人から,それぞれ回答を得た.さらにアンケート回答者の中から協力者を募り,合計6人に対してインタビュー調査を実施した.認可保育所は市内に26カ所あるものの,入所できない待機児童の受け皿となる認可外保育所は,それを上回る48カ所が存在する.約半数の認可外保育所で小学校の学童を受入れている点は,他県にない特徴といえる.市内の5歳児の55.7%が就園する幼稚園は,公立11園が小学校に併設されており,米国統治時代に由来する特徴を表している.いずれも2年保育と預かり保育を実施し,保育所の機能を補完している.このように,異なる制度のもとで設置された施設が相互に関連し合っているところに,沖縄県の保育サービスの特徴がみられる.保育サービスの利用については,主にアンケート調査結果をもとに分析した.出生率が高く複数の未就学児を抱える世帯が多い沖縄では,認可保育所と認可外保育所の両方を利用する世帯も少なくなく,兄弟姉妹で同じ認可保育所に入所できないことへの不満が多く聞かれた.子どもの送迎については,配偶者や親族から支援を受けている人が少なくないため,保育所を選択する際に親族の家に近いことも比較的重視されている.母親の就業状態は,保育施設の間で違いがみられ,認可外保育所を利用する母親の21%が仕事に就いていないが,その中には求職中や復職予定の人たちも含まれる.認可保育所の入所資格がない,こうした母親の子どもは潜在的待機児童とみなされるが,その受け皿となる認可外保育所への公的補助の拡充を求める意見も少なくない.
  • 齋藤 仁, Chang Kang-Tsung, 小口 高
    セッションID: 212
    発行日: 2011年
    公開日: 2011/11/22
    会議録・要旨集 フリー
    1 はじめに
    斜面崩壊の発生と地形・地質との関係を解析し,斜面崩壊の起こりやすさを評価する研究が多く行われてきた.特に広域を対象とした場合には,GIS やリモートセンシングの利用が有効である.またSaito et al. (2009, Geomorphology) は,データマイングの一つであるdecision-tree model を用いて,斜面崩壊が起こりやすい流域の推定手法を確立した.しかし,Saito et al. (2009) は赤石山脈のみを対象としており,より多くの場所でdecision-tree model の検証とその比較が必要であると言える.
    本研究では,降雨に起因した斜面崩壊が多数発生する台湾を対象に,decision-tree model を用いて斜面崩壊の発生と地形・地質との関係を解析し,斜面崩壊発生地の推定を行った.

    2 方法
    対象地域は,台湾北部のBaichi watershed (120 km2)である.用いたデータは,1992 年の空中写真判読より得た斜面崩壊の分布,数値標高モデル(DEM,40m メッシュ),デジタル地質図である(Chang et al., 2008 ESPL,Chiang and Chang, 2011,Geomorphology).
    まず,DEM を用いて,対象地域を138 個の山地小流域に分割した.また,山地小流域ごとに,斜面崩壊データと地形データ(標高,傾斜,prole curvature,plan curvature,侵食高,未侵食高),地質データを統計解析した.次に,decision-tree model を用いて,斜面崩壊が起こりやすい流域を推定した.
    Decision-tree model は,その推定過程がtree 構造として明示さる特徴を持つ.そこで,tree 構造からBaichi watershed における斜面崩壊の発生と地形・地質との関係を考察した.

    3 結果と考察
    Decision-tree model を用いて斜面崩壊発生地を推定した結果,10-fold cross-validation による正解率は78.3%であった.この値は,既存研究とも遜色ない結果である.
    斜面崩壊発生地を推定するtree 構造を図1 に示す.Tree 構造からは,斜面崩壊が発生する山地小流域(図1,[1])は,傾斜の平均が約34°より大きく,地質がShihti Formation ではないことが示された.この傾斜に関する結果は,日本の赤石山脈での研究(Saito et al., 2009)や,台湾における研究(Oguchi et al., 2011, Geomorphometry 2011)とも整合するものである.

    傾斜の平均が約34°以下の場合には,数は少ないものの,侵食高の標準偏差が大きく,かつplan curvature とprole curvature ともに直線斜面が少ない場所で斜面崩壊が発生することが示された(図1,[5]).

    今後はtree 構造を詳細に解釈するとともに,Baichi watershed 周辺の流域を対象とし,広域でのdecision-tree model の構築と,その比較・検討を行う予定である.

    謝辞
    本研究は,日本学術振興会科学研究費補助金特別研究員奨励費(No. 23・148)により実施した.

  • 木本 浩一
    セッションID: S1206
    発行日: 2011年
    公開日: 2011/11/22
    会議録・要旨集 フリー
    中国に次ぐ経済発展によって注目されるインドではあるが、ホットスポットや生物多様性など環境面での懸念や、人口圧力や人権、地域間格差など多くの複雑に絡み合う構造的な諸問題を抱えていることは言うまでもない。 これら諸問題を検討する際に、個々の諸問題や要因を単に「その関連においてみる」ということではなく、それらを「地域的文脈においてみる」ということの重要性を強調したい。例えば、近年注目されつつある経済特区(SEZ)の場合でもその経済効果や影響という側面のみならず、多層的な地域的文脈のなかに位置づけて検討することが可能である。ここで言う「地域的文脈」とは、多様なスケールによって構成されるという(客観的な)側面と、「行為者にとっての地域」が(主観的に)構成されるという側面、という両面によってなる方法的枠組みのことである。その際、抽象的に構成される(と考えられる)「地域的文脈」が具体的「地域」に投錨する形で具体的な土地に関するコンフリクトが生じる。 以上を踏まえ、本研究では、インドにおける土地利用をめぐる正当性と合法性の相克について、いくつかの事例を取り上げながら検討してみたい。 もちろん、正当性の根拠としての合法性という観点からすれば、「相克」は次元を無視した問題設定であるかもしれないが、法的根拠に基づいた各アクターの行為が地域的文脈のなかで衝突しているという現実からすれば、合法性によらない秩序はいかにして可能かという課題に直面することになる。このことは同時に、「方法としての土地利用」という観点の可能性を示唆することにもなる。 本研究で取り上げる事例は、以下のとおりである。1)高規格高速道路建設の事例(図1)、2)都市郊外における反都市化の事例、3)「違法」建築物撤去問題、4)指定部族(ST)に対する再定住集落に関わる問題、などである。いずれもカルナータカ州(南インド)南部の事例である。
  • 村中 亮夫
    セッションID: S1507
    発行日: 2011年
    公開日: 2011/11/22
    会議録・要旨集 フリー
    本研究では,横須賀鎮守府に次いで1889年に第二海軍区の鎮守府が設置された呉を事例に,呉の住民が呉の都市景観をどのように評価しているのかを分析することを目的とする.具体的には,景観の持つ価値の経済的側面を議論することができる仮想評価法(CVM)と,人間が景観に対して持つ意識を構造的にモデル化できる構造方程式モデリング(SEM)を応用し,近代期に形成された軍港都市としての歴史的背景を持つ呉の歴史的景観を保全することに対する地域住民の支払意思額(WTP)から,呉の歴史的景観を後世に継承することに対する住民の意識構造をモデル化することに取り組む.本研究では,呉の住民の歴史的景観保全に対するWTPの背景を探るため,歴史的景観に関する社会調査を実施し,その調査から得られた歴史的景観の持つ価値に関する5変数,歴史的景観の持つ機能に関する6変数,居住地域での暮らしに対する意識に関する2変数,回答者の居住年数・所得・職業を表す変数が,WTPに対してどのような因果関係にあるかをSEMを利用して検討した.分析の結果は,以下のようにまとめられる.?@歴史的景観に関する意識がWTPに対して与える影響については,歴史的景観の持つ機能に対して高く評価する者ほど,歴史的景観の持つ価値に対して高く評価し,高いWTPを表明していることが示された.歴史的景観の持つ機能と価値がそれぞれWTPに対して与えている総合効果にはほとんど差はみられず,歴史的景観の持つ機能と価値に対する意識はほぼ等しい程度にWTPに対して影響を与えていることが示唆された.?A居住地域での暮らしに対する意識がWTPに対して与える影響として,居住地域での暮らしに対して高い意識を持っている者は歴史的景観の持つ機能や価値に対する高い意識を介して,高いWTPを表明していることが示された.この居住地域での暮らしに対する意識がWTPに対して与える影響は,歴史的景観に関する意識がWTPに対して与える影響の約8割5分程度であり,WTPに対して与える影響としては,歴史的景観に関する意識のほうが強い効果を持っていることが示された.?B社会経済的地位や居住地域の居住年数に関する変数については,居住年数や所得,職業のいずれの変数も有意な変数とならなかった.本研究では,普段の生活に身近な景観を保全するという生活に身近な政策課題であったため,居住年数や所得階級,職業間においてWTPの表明に差が認められなかったものと推察される.
  • 金 どぅ哲, ツオン クァン・ホアン, グエン ティン・ミン・アン
    セッションID: 317
    発行日: 2011年
    公開日: 2011/11/22
    会議録・要旨集 フリー
    ベトナムの山岳地帯では,主に少数民族によって,伝統的に広く焼畑が行われてきた。しかし,ベトナム政府は焼畑農業を森林破壊の主たる要因として非難し,南北統一以降,統治機構と物理的な手段で,焼畑林野土地から彼らを排除する政策を取ってきた。特に中部ベトナムの焼畑少数民族は,一定範囲のテリトリーを約10年周期で巡回しながら焼畑農業を営む,いわば巡回焼畑農民(semi-shifting cultivators)であり,彼らの焼畑地は集落から近い林野土地であった。ところが,戦争後の人口増加とベトナム政府による焼畑抑制策(政府系林業公社等の林野土地の囲い込み)により彼らの伝統的な焼畑対象地は狭まっていったが,それを代替する生業としての水田の普及は極めて限られていた。こうした状況でベトナムの巡回焼畑農民の多くは,林業警察らの監視の目が届かない,より条件の厳しい奥山に焼畑地を求めざるを得なくなり,略奪的な焼畑農業と不法伐採などで生計を維持して行くのは一般的であった。このような山地焼畑農民の抵抗を効果的に制御できなかったベトナム政府は1990年代以降,?@少数民族による焼畑農業の抑制と定住農業への転換,?A森林保護,?B山地民の生活向上を目的とした林野土地の配分政策を実施してきた。こうした林野土地配分は,脆弱な行政システムの下に,林野土地と元来のその利用者であった少数民族に対する「干渉(intervention)」を強めながら,他方ではほかの林地に対する「制御(restriction)」を強化しようとするベトナム政府の「ムチと飴」とも言える。そして,配分された林野土地(その大半が元の焼畑林野土地)ではゴムやアカシアのプランテーションが奨励され,他の林地での焼畑はより厳しく禁止されるようになった。その結果,とりわけ中部ベトナムの山地利用は極めて短期間で,巡回焼畑からモノカルチャー的なゴム・アカシアのプランテーションに取って代わっている。そこで,本研究ではベトナム中部のフエ省トゥンクァン村を事例に,ベトナム政府による林野土地配分政策の実態を明らかにするとともに,配分された林野土地でのモノカルチャー的なゴム・アカシアのプランテーションが住民生活に及ぼした影響を,世帯レベルでの経営戦略の変化と地域ガバナンスの変容から解明したい。
  • 梶原 宏之
    セッションID: 104
    発行日: 2011年
    公開日: 2011/11/22
    会議録・要旨集 フリー
    世界遺産やジオパーク、ユネスコエコパーク(MAB)、ラムサール、エコミュージアムなど、建物屋内ではなく屋外のフィールドにおいて研究者や地域住民らが現地を解説する試みがわが国においても年々増え、内容も多様化している(本発表ではこれらを総称してフィールドミュージアムと呼ぶ)。九州地方においてもその傾向は顕著で、例えば阿蘇地域では現在世界文化遺産も世界ジオパークもエコミュージアムも同時に整備が進められるほどの活発ぶりである。各々の推進室や協議会においては如何に登録せしめるかが問題とされがちだが、もちろん議論の本質はそこではなく、登録後如何に地域資源を運用せしめるかにある。本発表ではまずこうした全体的な動きと問題点を九州地方の事例からみていく。またこれらの動きはわが国においてまだ新しいものであるため、各地域では試行錯誤の途上であるが、ここに来て地理学者にとって思わぬ幸運もみえてきた。それは地理学学芸員誕生の可能性である。学問と市民をつなぐ接点である博物館においては、従来学芸員の役割は縦割り的なものであったため、学問横断的な地理学者の採用は求められてこなかった。しかしフィールドミュージアムにおいては現場で諸要素が関連して展示されるため、個々の専門分野を取りまとめる総括的な地理学学芸員の存在が求められる。地理学会はこうした時機を逃さず、フィールドミュージアムにおける地理学者の採用や、大学での博物館学芸員課程における地理学の意義など積極的に主張すべきと思われる。同時に生命倫理など、もし地理学者が学芸員となったとき逆に学ばねばならない不慣れな事項も少なくない。それらもあわせて本発表で検討したい。
  • 浜田 崇, 田中 博春
    セッションID: P730
    発行日: 2011年
    公開日: 2011/11/22
    会議録・要旨集 フリー
    国内でも結氷に関する記録が残る諏訪湖において,1945年以降諏訪測候所および長野県により記録されている結氷等の記録を整理して連続データを作成した.このデータを用いて全面結氷日,解氷日および結氷日数の経年変化を明らかにした.全面結氷日には明瞭なトレンドはみられないが,解氷日は近年早い年が多かった.また,結氷日数は1990年以降急激に少なくなっており,結氷日数と諏訪測候所の年最低気温との相関は高く,r=-0.8程度であった..
  • 植田 宏昭
    セッションID: 221
    発行日: 2011年
    公開日: 2011/11/22
    会議録・要旨集 フリー
    本研究では、PMIPのプロトコルに従い、MRI-CGCM 2.3.2を用いて、地球軌道要素(離心率、歳差、黄道傾斜)、温室効果ガス濃度(二酸化炭素、メタン、亜酸化窒素)、大陸氷床を変化させることにより、LGMにおけるアジアモンスーンの季節進行の特徴を調べた。更に、軌道要素の違いによる効果、氷床効果、SSTの効果を分離するために、各種の感度実験を行なった。  LGMのモンスーンは現在と比べ、プレモンスーン期の降水が多く、オンセットが早い。一方、夏季モンスーンの循環と降水は抑制傾向にあり、季節的な非対称性を呈している。 プレモンスーン期の対流圏中上層の南北の気温勾配(通称MTG: Meridional Temperature Gradient)に着目すると、プレモンスーン期には、夏のモンスーンを特徴付ける南低北高温度勾配が更に強化されている。この理由は、(i)熱帯における降水量の減少により、凝結熱加熱量が低下し、結果として熱帯の気温が低下すること、(ii)北半球の冬から春にかけて、軌道要素の変化に起因して、現在よりも多くの日射がアジア大陸上に降り注ぐことに起因している。一方、夏季モンスーン期には、大陸氷床が残っているため、大陸上の低温偏差は継続する。この低温偏差は、熱帯域の気温低下と釣り合うため、温度勾配は現在とほぼ同じになっている。
  • 佐々木 緑, 岩間 信之, 田中 耕市, 駒木 伸比古, 池田 真志, 浅川 達人
    セッションID: 408
    発行日: 2011年
    公開日: 2011/11/22
    会議録・要旨集 フリー
    1. はじめに 本稿は,東日本大震災の被災地の一つである岩手県下閉伊郡山田町を取り上げ,住民の買い物環境の現状と食品スーパーの対応について報告する。2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震と津波後の被災地においては,家屋や商店街の流出・浸水,交通網・ライフラインの遮断などのため,炊き出しはあったものの,震災当初は食料の分配に不平等が生まれた地域が多々みられた。また,被災地はその地形条件ゆえに,食品スーパーの立ち並ぶ中心地の多くが壊滅的な被害を受けたところも少なくない。生活用品を無償提供した避難所が閉鎖され,仮設住宅への入居が進むと,住民の生活環境はさらに悪化すると懸念される。被災地における食供給の実態,ひいては住民の栄養状態の把握を行い,その改善策を提案することが本研究の意図するところである。本報告は,6月および8月に実施した現地調査に基づく。 2. 山田町の被害状況と住民の買い物環境の問題点 山田町は,盛岡市から南東に120kmの沿岸に位置し,約1万8,000人が暮らす漁業の盛んな町である。山田湾を囲むように広がる,狭い平野部に町の諸機能が集中していたが,地震,津波,火事によって中心部の8割ほどの機能が失われた。 震災当初は9,000名にのぼる避難者がいたが,仮設住宅への入居が6月に開始されて以降,避難所も徐々に閉鎖されている。しかし,2011年7月19日現在,24の避難所に1,764名の避難者がいる。その理由の一つとしてあげられるのは,仮設住宅の立地である。地形的制約のため,仮設住宅の大半は山間部に分散して建てられている。移動手段を持たない場合,周囲に食料品店のない仮設住宅では食品入手が困難である。また,地域コミュニティの分散と高齢者の孤立も懸念される。被災自体は免れた世帯でも,買い物環境の悪化は深刻である。在宅通所と呼ばれる「在宅で給食や物資の支援を受けている人(岩手県庁資料)」が町内に879名いることからも,食料などの入手が困難な状況が見て取れる。避難所が閉鎖後,食品入手が困難な人々が急増すると予想される。 3. 食品スーパーの被害とその対応 震災前,町の中心部にあったスーパー,個人商店はほとんどが流失した。震災後,スーパー数社と生協が移動販売車や買い物バスを運行させた。しかし,採算性などの理由により,巡回範囲は限定的である。すでに移動販売車事業をとりやめた企業もある。6月ごろからは,わずかではあるものの,仮設店舗で営業を再開する食料品店もみられ始めた。地元スーパーは流失を免れた病院内で営業を再開し,地元商店街は公園内に合同でマーケットを開設した。個人商店の中には,残った蔵を利用し細々と営業する店もみられる。今後は,避難所の閉鎖と仮設住宅の本格始動後における,買い物が困難な住民への対応が求められている。 現在,地元行政は様々な対応に追われており,住民の現状把握や今後の都市計画の青写真作成にまで対応しきれていない。食品スーパーも,被災者の分布や食料品の需要量を把握できていない状況にある。現地調査やGISによる地図化・空間分析などの地理学の技術は,被災地における買い物環境改善の一助になるものと考える。
  • 細田 浩, 田口 信
    セッションID: 217
    発行日: 2011年
    公開日: 2011/11/22
    会議録・要旨集 フリー
     長野県霧ケ峰高原において霧の発現を観測するため、標高1660mの地点に24時間作動するライブカメラを設置して、毎日の午前4時から19時まで霧の発現を観測した。2006年2月から2007年1月、2009年の資料をまとめた結果、霧は早朝から午前中に朝霧として発現することが多く、次いで夕方から夜間にかけて多く発現する。霧の発現は現地の相対湿度と共に増加する傾向にあるが、相対湿度がかなり低い地点の周辺でも霧は発現する。霧の発現型と天気場との対応関係はよく、移動性高気圧の下では霧無し型か、朝霧夕霧型が多く発現する。低気圧や前線がかかる場合は一日霧型が多く発現する。前線や低気圧の後面では霧無し型が多く現れる。西高東低の冬型の天気場では霧無し型か朝霧型が多く現れる。
    高層に大気の逆転層がある場合、諏訪の上空1600m付近に雲帯があると予想される時は一日霧型や朝霧夕霧型が発生することがある。高層に明瞭な逆転層がない場合や、より高い上空に逆転層がある場合は霧無し型に対応している。諏訪気象観測所の露点DsとW地点の気温twの比較から、tw-Ds値がマイナスの場合に霧が多く発現する。典型的な朝は霧、昼は晴れ、夕方は霧という一日の場合、昼は諏訪の露点が低く、W地点の気温が高い。諏訪気象観測所とW地点の比湿を算出すると、一日霧型>朝夕霧型>霧無し型の順に大となる。山地における霧は平地の霧の定義に当てはまらない事例がある。断熱冷却性の滑昇霧(山霧)や湿原からの蒸気霧が存在する。非凍結期に、昼の湿原の池の水温は気温より高く、気温が下がると湿原上に霧が発現する場合がある。
feedback
Top