抄録
1990年代後半から東京圏では人口の都心回帰が進行し,その受け皿となるマンション開発が活発化した。こうした変化には,都心部の商業・業務機能の変化や,マンション立地とそれを規制・誘導する自治体の政策も影響している可能性がある。そこで本研究は,1990年代後半以降の人口増加に伴って業務機能からの転換が顕著であった中央区日本橋地区を事例として,マンション立地とその背景にある自治体の政策や既存の商業・業務機能の動向と人口変化を分析し,近年の東京都心部の変容過程を地区レベルで詳細に捉えることを目的とする。 1995年から2005年における人口増加率が都区部で最も高かったのは中央区で,とりわけ日本橋地区の高さがきわだっている。日本橋地区は業務機能が卓越していたが,2002年には都市再生緊急整備地域にも指定され,民間主導での都市再生を促すために様々な規制緩和措置や居住人口の誘導策が適用されてきた。そこで本研究は,人口構成,マンション立地,自治体の政策の関連性を検討した。1997~2010年に日本橋地区内で供給されたマンションは180棟あるが,供給のピークは2004年前後で,2006年以降は減少傾向にある。中央区内でも日本橋地区は,中小規模のマンションが数多く立地した点が特徴的である。供給されたマンションを投資用と定住型とに分け,町丁別に年齢別人口構成の変化との関連性をみたところ,投資用マンションの多い地区では20~30歳代の増加が顕著であるのに対し,定住型マンションの多い地区では年少人口や老年人口の増加もみられる。こうした変化の背景となる産業構成に着目し,事業所の業種別構成を2001年と2006年とで比較すると,卸売・小売業の比重が最も大きいものの,問屋機能の衰退などにより,事業所数は減少している。代わって情報通信や事業所サービス業が増え,近年のマンションにも,その従業者が職住近接を求めて流入した可能性がある。また,1990年代に中央区では,用途別容積型地区計画や街並み誘導型地区計画の導入によって,住宅用途への転用が積極的に進められた結果,1998年から人口が増加に転じたものの,ワンルームマンションの建設に伴う苦情や紛争が増加した。そこで,2000年以降は住宅付置義務制度を撤廃するなど,一転して供給抑制策を打ち出した。これらの政策変化は,マンション供給動向にも影響を与えている。